銀漢の俳句
伊藤伊那男
◎鯉に恋して
いろいろな魚を食べてきたけれど一番好きな魚は何かと問われたら「鯉」と答える。信州で幼児の頃から馴染んだ魚である。句集に収録したものだけでも次の句がある。
⑴筒切りの鯉肥えてをり蔦紅葉
⑵舌先に小骨当てたる洗鯉
⑶寒鯉のかたまつてゐて触れ合はず
⑷寒鯉を食うて信濃の血を濃くす
〈量らるるとき寒鯉のしづかなり〉 〈鯉を売る暗き生簀や朝桜〉 〈寒鯉の七賢人のごとくあり〉 〈みづうみはすぐに日かげる洗鯉〉 〈鯉跳ねて十六夜の月崩しけり〉 〈山々は彫りを深めて洗鯉〉 〈明日潰す鯉に満たせる秋の水〉
⑴に「筒切り」を入れたが、ここが肝腎である。信州では鰓の下の鱗の何枚目かの下にある苦玉(胆嚢)だけを抜いて、鱗も骨も内臓もそのまま5cm位の筒切りにする。これを醤油と砂糖で煮たものが「旨煮」、味噌汁が「鯉濃)」である。火を通した鯉ははち切れんばかりに肉も内臓も盛り上がる。特に内臓が旨いのである。滋味に溢れている。生の海の魚が入るようになってからすっかり変ってしまったが、地元の結婚式などでのメインディッシュは鯉の旨煮であった。私はだんぜん鯉濃が好きであるが。
⑵の「洗い」は手間がかかることもあってか伊那谷ではほとんど見ることはなかった。鯉の骨は極めて堅いので注意が必要だ。肉の中には「人」という字の形に似た小骨が無数にあり、喉に刺さると厄介である。洗いに鯉の卵をまぶした贅沢な料理がある。
⑶は寒鯉の生態を詠んだものだが、叔父の俳人池上樵人が「伊那男の俳句開眼の句である」と激賞してくれた句である。対象物を凝視して本意を掴んだ写生句ということになろうか。
⑷は信濃への讃歌であり、感謝の句である。他郷に住んで長いが、七十六年間信州人であることを忘れたことはない。目を瞑れば郷里の山が克明に浮かび上がる。「高きを我に学べよと天そそりたつ駒ヶ岳」──母校、伊那北高校の校歌の一節である。
私の子供の頃は鯉を出す店が何軒もあったが、今は無い。辰野町の「小坂鯉店」という天竜川沿いの専門店を訪ねている。
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銀河集作品抄
杉阪大和選
磐座を祀る高きに登りけり 東京 飯田眞理子
妻逝くや庭畑凜と冬薔薇 静岡 唐沢 静男
親子旅締めは小春の松江城 群馬 柴山つぐ子
鯉池に戸板を渡す冬支度 東京 杉阪 大和
海原へオリーブの実の光散る 東京 武田 花果
神渡しらし戸袋の高鳴りは 東京 武田 禪次
爽やかや言葉をつむぐ手話の指 埼玉 多田 美記
銀閣の寂びを深むる秋時雨 東京 谷岡 健彦
聞香の一間を閉ざし十三夜 神奈川 谷口いづみ
秋晴や竹生島より水脈は弧に 長野 萩原 空木
碑の文字隠しける式部の実 東京 堀切 克洋
茅葺の厚き藩校一位の実 東京 三代川次郎






杉阪大和選
朝もやの大山に買ふ新豆腐 東京 飛鳥 蘭
指先に十日の菊の名残かな 東京 有澤 志峯
冬めくや塾の明かりの煌々と 神奈川 有賀 理
冬支度サイロの口を高く開け 東京 飯田 子貢
短日や燃料計はハーフ指し 山形 生田 武
麦蒔くやいつも土鳩の声を聞き 東京 市川 蘆舟
歩調合ふ人と小春の旅ひと日 埼玉 伊藤 庄平
身に入むや旅にしあればなほのこと 東京 伊藤 政
茶の花や坊の日溜り隠れ咲く 神奈川 伊東 岬
茎だけとなり骸めく曼珠沙華 東京 今井 麦
巌上の礎宿を撃つ冬の濤 埼玉 今村 昌史
枯蔦の壁下るとも上るとも 東京 上田 裕
托鉢の細きあぎとや初時雨 東京 宇志やまと
霊水を甘しと思ふ雁のころ 埼玉 大澤 静子
唐門は何時も開かず冬紅葉 神奈川 大田 勝行
地の声に呼ばるるごとく落葉かな 東京 大沼まり子
駆け抜くや落葉に若き音残し 神奈川 大野 里詩
御火焚の火の粉闇へと吸はれけり 埼玉 大野田井蛙
篠笛や雲間の月を呼び出せり 東京 大溝 妙子
家中に手摺巡らし冬迎ふ 東京 大山かげもと湖北の小春かな 東京 岡城ひとみ
秋晴やピエロが券をもぎりをり 愛知 荻野ゆ佑子
旅終へて少し大人に鳳仙花 宮城 小田島 渚
気嵐の湾に船影ゆらぎ佇つ 宮城 小野寺一砂
豊年や潮来の舟は嫁を乗せ 埼玉 小野寺清人
渋りしがやがて本降り南州忌 和歌山 笠原 祐子
木犀やふいに日陰の華やぎぬ 東京 梶山かおり
霧うごく島のひとつを消し忘れ 愛媛 片山 一行
牡蠣剝くや潮騒の音聴きながら 東京 桂 説子
朝寒や外に漏れくる湯もみ唄 静岡 金井 硯児
不忍池の日を傾けて蓮根掘る 東京 我部 敬子
切干を筵に天下布武の里 東京 川島秋葉男
木の実落つ仏足石の窪溜り 千葉 川島 紬
冬空へ覇者の風格浅間山 神奈川 河村 啓
七色のかかる伊勢路や都鳥 愛知 北浦 正弘
くつ下の穴を繕ふ小春かな 東京 北川 京子
冬来る灯油配りの人を連れ 長野 北澤 一伯
秋風や墓誌に二行の余りあり 東京 絹田 稜
落ち栗や自刃に終はる落城史 東京 柊原 洋征
軒といふ軒に枯露柿恵林寺へ 東京 朽木 直
何色と定め難きや枇杷の花 東京 久保園和美
段通のごと紅葉して弥陀ヶ原 東京 畔柳 海村
銀杏散りあらたな空のひろがれり 東京 小泉 良子
吹抜けの窓の明るき冬館 神奈川 こしだまほ
木犀の香の濃き袋小路かな 東京 小林 美樹
物置の掃除が始め冬支度 千葉 小森みゆき
母眠る棺の中も菊日和 東京 小山 蓮子
板の反り片目で測る秋日和 宮城 齊藤 克之
銀杏を踏んで青空汚しけり 青森 榊 せい子
町名に桶屋万屋くんち来る 長崎 坂口 晴子
初冬や尖り初めたる八ヶ岳の嶺 長野 坂下 昭
源流の水の産声式部の実 群馬 佐藤 栄子
失くしたる銀の指輪か今朝の霜 群馬 佐藤かずえ
冬支度タワシで落とす鉢の土 長野 三溝 恵子
大根引く終ひは力入れずとも 東京 島 織布
庭先にたなごころもて籾平す 東京 島谷 高水
鯱に蹴られたるやう城の月 兵庫 清水佳壽美
誰も居ぬ木椅子木の卓木の実降る 東京 清水 史恵
コスモスの向きを整へ活けにけり 東京 清水美保子
秋灯や妻の家計簿五十年 埼玉 志村 昌
木の実もてなんでも買へるおままごと 千葉 白井 飛露
古書肆毎醸す香の文化の日 神奈川 白井八十八
莟おほき供養の菊をたまはりぬ 東京 白濱 武子
穭田や大鳥居立つ穀倉地 東京 新谷 房子
お気に入り着る間のなくて冬に入る 大阪 末永理恵子
蓑虫の身の一つにて事足れり 岐阜 鈴木 春水
頃合を軍手で選ぶ焼芋屋 東京 鈴木 淳子
草の花轍の中に立ち上がる 東京 鈴木てる緒
無職とてなにかと忙し残暑かな 群馬 鈴木踏青子
歩を戻し見るさきがけの紅葉かな 東京 角 佐穂子
終電の椅子に秋思を置き去りに 東京 関根 正義
鵙の贄刺されし枝の色となり 千葉 園部あづき
ひとときは鄙もはなやぐ柿たわわ 埼玉 園部 恵夏
捨案山子なほ手を広げ雨を受け 神奈川 曽谷 晴子
夕鵙の猛る古城に誰も居ず 長野 髙橋 初風
反抗期始まる少女吾亦紅 東京 高橋 透水
べつたら市先づは頂く火伏札 東京 武井まゆみ
切株に書開く秋の日和かな 東京 竹内 洋平
ぬくもりは昭和の暮し白障子 東京 竹花美代惠
熟れ柿や遺影の父母は今日も笑む 神奈川 田嶋 壺中
べつたら市古地図の店に待ち合はす 東京 多田 悦子
ままならぬ撓み伸ばして大根漬 東京 立崎ひかり
冬支度棚の奥から出す土鍋 東京 田中 敬子
出勤の勇む靴音冬に入る 東京 田家 正好
カセットに聴くイマジンの夜長かな 東京 塚本 一夫
父の古書繰りては燈火親しむ夜 東京 辻 隆夫
蛇笏忌や風の形を見てゐたり ムンバイ 辻本 芙紗
掃く音に茶を淹るる頃松手入 東京 辻本 理恵
各停の湖西線より時雨けり 愛知 津田 卓
漬け樽を叩き口上べつたら市 東京 坪井 研治
渋皮を剝きゐる母の秋灯 埼玉 戸矢 一斗
蚯蚓鳴き留守番電話点滅す 千葉 長井 哲
保母さんの後ろ歩きや大花野 東京 中込 精二
鉄瓶の黒ぐろ滾る蛇笏の忌 大阪 中島 凌雲
加齢とは引き算ばかり花八手 東京 中野 智子
竹伐つてがらんどうなる音を積む 茨城 中村 湖童
大梯子池へしならせ松手入 埼玉 中村 宗男
色鳥の群れ来て庭を喜ばす 東京 中村 藍人
初冬や響く夜なべの裁ち鋏 長野 中山 中
鳥渡る落ちて久しき高炉の火 千葉 中山 桐里
ふる里は薪積むころか秋深し 大阪 西田 鏡子
霜月や農具並べる通し土間 神奈川 西本 萌
立冬の朝を鴉の触れまはる 埼玉 萩原 陽里
ありなしの風を簾の名残かな 東京 橋野 幸彦
坂道を下れば海へ石蕗の花 静岡 橋本 光子
朝寒や隣家の雨戸走る音 東京 橋本 泰
突つつけば弾けさうなり今日の月 広島 長谷川明子
膝の間にどんぐり抱いて石仏 東京 長谷川千何子
初冬や松には菰の帯新た 千葉 針田 達行
迂回路に残る暑さの徒渉かな 兵庫 播广 義春
もの言はで暮るる一日や大根煮る 埼玉 半田けい子
小判降るごとき黄落ブナ林 千葉 平山 凛語
穭田の水より暮色始まりぬ 埼玉 深津 博
落日を留めてをりぬ次郎柿 東京 福原 紅
日昃りて武骨あらはに榠樝の実 東京 星野 淑子
かりがねや八洲に万のやまとうた 岐阜 堀江 美州
芯切りて燭をなだむる夜長かな 埼玉 本庄 康代
あきらめの無月に更けて本めくる 東京 松浦 宗克
放牧の牛の片寄る秋の暮 東京 松代 展枝
暮れ方はぞくつと赤し彼岸花 埼玉 水野 加代
手びねりの茶碗の大き蛇笏の忌 神奈川 宮本起代子
翔び立つを戸惑うてゐる冬の蝶 東京 村田 郁子
料亭の庭に稲架ある小春かな 東京 村田 重子
晩秋の畑に転がるバケツかな 東京 森 羽久衣
研ぎ直す鎌の切つ先秋灯下 千葉 森崎 森平
小ぶりなる旅の鞄や秋高し 埼玉 森濱 直之
人生の余白の心地日向ぼこ 長野 守屋 明
百の形あれど百菊香ひとつに 東京 矢野 安美
様々な事母に似て大根煮る 群馬 山﨑ちづ子
舌焼くる熱さも馳走根深汁 東京 山下 美佐
まばたきの間に綿虫を見失ふ 東京 山田 茜
清貧に生くる寧けさ花八手 東京 山元 正規
真青なる空にひと刷毛秋の雲 愛媛 脇 行雲
磐座やここにも今宵月の客 東京 渡辺 花穂





銀河集・綺羅星今月の秀句
杉阪大和選
今回はお休み致すます。






武田禪次選
秀逸
一葉落ちまた一葉落ち天開く 広島 小原三千代
穭田を鞣す峯風村暮るる 栃木 たなかまさこ
大空の深き産土蕎麦の花 東京 須﨑 武雄
虫食のアートとなれり柿落葉 静岡 小野 無道
子の部屋の灯りの漏るる夜長かな 東京 北原美枝子
行けばまた帰り道あり暮早し 東京 島谷 操
恩讐を超え並び立つ菊人形 神奈川 山田 丹晴
長き夜を使ひ尽くして新刊書 埼玉 内藤 明
浅間嶺の雲のすき間を渡り鳥 群馬 横沢 宇内
空席の多き車窓や冬の海 東京 寳田 俳爺
芭蕉忌や翁の旅路地図で追ふ 東京 髙城 愉楽
木枯は男を磨くための風 東京 髙坂小太郎
白き山同じ高さに紅葉山 長野 上野 三歩
イーゼルが二つ並んで小六月 神奈川 横地 三旦
稜線に確たる覚悟冬はじめ 長野 唐沢 冬朱


星雲集作品抄
武田禪次選
飛ぶ鳥の姿映して水澄めり 東京 飯田 正人
仏前に呼び寄す父と温め酒 東京 井川 敏
木曾の宿渋皮残る栗おこは 長野 池内とほる
昼花火童駆け出す秋祭 東京 一政 輪太
焼芋の黄色の焦げて焦げ茶色 東京 伊藤 真紀
長き夜の汽車の寝台三段目 広島 井上 幸三
客待ちの馬のまなざし時雨来る 埼玉 梅沢 幸子
弓なりに耐ふる庭木や凩来 長野 浦野 洋一
大原女のリヤカーで来る酸茎漬 静岡 大槻 望
冬茜雑木林の沼と空 群馬 小野田静江
銀鱗のごとくに棚田月の里 埼玉 加藤 且之
小鳥来るロッジの屋根に声重ね 東京 軽石 弾
秋晴や空飛ぶごとき貨物船 愛知 河畑 達雄
咲き方の遠慮がちなる返り花 東京 熊木 光代
小春日や古着屋の店新しき 群馬 黒岩あやめ
小春日や昔を語る祖母の顔 群馬 黒岩伊知朗
畑仕事塩のむすびは今年米 群馬 黒岩 清子
締切りの間際に迫る秋灯下 愛知 黒岩 宏行
人の世はあつと云ふ間に冬の空 神奈川 阪井 忠太
湿原をめぐる木道草紅葉 長野 桜井美津江
大浅間噴煙高く冬に入る 東京 佐々木終吉
SLの会話の弾む冬初め 群馬 佐藤さゆり
秋晴のあらずに秋の深みゆく 千葉 清水 礼子
谷川に冠雪の朝日本晴れ 群馬 白石 欽二
けふの風一号の名に冬めける 東京 鈴木 野来
蓑虫のしつかり閉づる蓑の口 愛知 住山 春人
朝寒や牛舎に満つる白き息 埼玉 其田 鯉宏
登高や今日より過去は振り向かず 東京 田岡美也子
夕暮の紅葉輝く帰り道 埼玉 武井 康弘
自動ドア開きコスモス迎へくれ 東京 田中 真美
杣人のほらと差出す通草かな 群馬 中島みつる
立冬の日差し晴れやか野仏に 神奈川 長濱 泰子
天平の夢の校倉文化の日 長野 那須 野紡
厳かに笠懸神事秋日和 京都 仁井田麻利子
着陸の航空灯火秋しぐれ 東京 西 照雄
五色布翻しゆく神の旅 東京 西田有希子
伊那谷を大きく跨ぐ冬の虹 長野 馬場みち子
行く秋やチェロに凭るる上野駅 神奈川 日山 典子
朝刊のまだ来てをらぬ夜長かな 長野 藤井 法子
薄雲やスーパームーンはあのあたり 栃木 星乃 呟
紅葉降る苔むす岩を隠すほど 東京 幕内美智子
アコーディオン奏づる男暮の秋 東京 松井はつ子
登高や日本武尊の縁の地 愛知 箕浦甫佐子
冬ぬくし父の蔵書に祖父の跡 東京 宮下 研児
一息に暦を跨ぐ寒さかな 宮城 村上セイ子
山の湯に冬の銀河と浸かりをり 東京 家治 祥夫
若き巫女あくびかみしむ神無月 静岡 山室 樹一
初紅葉姿映せる玉藻池 神奈川 横山 渓泉
鷲一羽木の天辺に身じろがず 千葉 吉田 正克
マトン焼く滴り落つる収穫祭 東京 若林 若干
もみぢする彼方輝く白き富士 東京 渡辺 広佐






星雲集 今月の秀句
武田禪次選
今回はお休み致します。









更新で5秒後、再度スライドします。全14枚。



リンクします。
aishi etc





挿絵が絵葉書になりました。
Aシリーズ 8枚組・Bシリーズ8枚組
8枚一組 1,000円
ごあいさつにご利用下さい。














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