銀漢の俳句
伊藤伊那男
◎高野山想望
世田谷区から要介護2の認定を受けた。
介護の実務を担当する会社の方が来て介護用品の話などを進めている。担当の方が「伊藤さん、病気が良くなったら何がしたいか、何処へ行きたいか、などを考えてみましょうか」と言う。とっさに答えたのが「高野山!」であった。もともと空海上人を信奉している。先日は〈馬追とひと日を高野泊りかな〉と詠んだ。句集『狐福』に入れた句に〈水洟を詫びつつ高野詣かな〉がある。会員のNさんが高野山の麓の銘水「月の雫」「このの三水」を送って下さり、大事に飲んでいる。湯の里という銘水の地には宿泊施設もあるという。介護会社の方の質問をきっかけに色々な想像が頭を過る。高野山の宿坊に二泊、湯の里に二泊などと思い描いて楽しんでいる。三十年ほど前から本棚にある新潮社のとんぼの本シリーズ『巡礼高野山』を何回目になるのか、朦朧とした頭で読み返した。
一番最初に高野山を訪ねたのは二十六、七歳の頃、大晦日であった。当時年末年始は京都の妻の実家に転がり込んでいた。昼間から居座って酒を飲んでいるのも気が引けるので、早朝から京都近江奈良などを歩き廻っていた。その時は兄も来ていたので同行した。標高八百mの山上の宗教都市を初めて見て、日本にもこんな所があったのか、と驚嘆した。宿坊の一つを覗くと掃除をしていた学僧から「お泊まりになりますか」と声を掛けられた。さすがに大晦日に泊まるわけにはいかない。ただし高野山の印象は深く記憶に残った。これをきっかけに空海について勉強をした。二回目に訪ねたのは三十代の終り頃であったか、取引先の宗教に詳しいE氏とであった。高野山大学を卒業したばかりの若い僧の紹介を受け。阿字観という瞑想を体験したり、高野山大学の教授の家を訪ねたりした。また彼の手引きで素木造りの釈迦像と観音像を手に入れ、魂を入れて貰い、今も家で拝している。数珠も高野山で手に入れたものである。その後も何度か訪ねているが、直近に訪ねた「すす逃げ吟行会」の、しんしんと降り積る雪の高野山はとりわけ神秘的であった。
では高野山に行って何をしたいのか、というと特にしたいことは無い。宿坊の高い天井と襖に仕切られた静かな部屋でくつろげれば、それだけでいい。高野山の空気から空海上人の存在が少しでも感じられたら十分である。そんな日が果して来るのかどうか、欲張り過ぎだなと思いつつ、ベッドの横の窓から空を見ながら、ささやかな夢を見ているのである。 |






彗星集作品抄
伊藤伊那男・選
助つ人は隣村より村祭 山田 茜
襖一枚生死の狭間父看取る 武田 禪次
檸檬の皮らせんを描きグラスへと 梶山かおり
頬杖の指に秋思の観世音 大田 勝行
仕舞湯にかぶさつて来る虫の闇 杉阪 大和
落し水音を重ねて千枚田 山田 茜
地の匂ひ激しき今宵稲光 森崎 森平
連れ人の影をたよりに秋遍路 南出 謙吾
星合の空の瀬音か峡の宿 脇 行雲
思ひ出の笛の音あり風の盆 上村健太郎
戦なき空つくづくと鰯雲 中野 智子
蚯蚓鳴く解体工事待つ団地 末永理恵子
針山は母の手作り夜長の灯 松代 展枝
補陀落へ空澄み渡る熊野灘 伊藤 庄平
迎火のふはりと焔母らしき 西田 鏡子
爽やかや仮名も漢字もくづされて 戸矢 一斗
団栗や七十の坂ころころと 榊 せい子
一刀のもとには斬れぬ大南瓜 坂下 昭
溜息を吐くほど軽くなる秋思 北原美枝子






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伊藤伊那男・選
今回はお休み致します。

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銀河集作品抄
代選
青龍の尾まで灯の入る大ねぶた 東京 飯田眞理子
青紫蘇を刻む妻より風立ちぬ 静岡 唐沢 静男
賑やかに鳴き尽くしたるつくつくし 群馬 柴山つぐ子
語部の合間遠野に蚯蚓鳴く 東京 杉阪 大和
露しとど絵島屋敷へ踏み入れば 東京 武田 花果
しまなみの大瀬戸小瀬戸青蜜柑 東京 武田 禪次
一つ灯のとろりとともる河鹿宿 埼玉 多田 美記
置き場所に困る昼間の竹婦人 東京 谷岡 健彦
夏萩やひたと閉ぢたる躙口 神奈川 谷口いづみ
南方と言ひて黙せり終戦日 長野 萩原 空木
また人を吐きぬ残暑のマンホール 東京 堀切 克洋
効き初むる日にち薬や涼新た 東京 三代川次郎






代選
大声で話す一団敬老日 東京 飛鳥 蘭
新涼を手繰り寄せたる投網かな 東京 有澤 志峯
健脚を畑に褒め合ふ敬老日 神奈川 有賀 理
双鉤の線定まらぬ残暑かな 東京 飯田 子貢
抜け来たる風は古墳に女郎花 山形 生田 武
ただ一人降り立つ駅や虫時雨 東京 市川 蘆舟
秋暑し捨田に火照る忘れ鎌 埼玉 伊藤 庄平
明日知らぬ身にも四万六千日 東京 伊藤 政
大芭蕉月の光を搔き混ぜる 神奈川 伊東 岬
瀬の音も味のうちなる貴船床 東京 今井 麦
門に立つ雲水二人秋時雨 埼玉 今村 昌史
抱き起こす二百十日の竹箒 東京 上田 裕
地球儀をまはせば戦地秋暑し 東京 宇志やまと
おしまひはいつも線香花火かな 埼玉 大澤 静子
稲妻のやうな金継ぎ黒葡萄 神奈川 大田 勝行
ゆで玉子きれいに剝けて今朝の秋 東京 大沼まり子
ダム底のつむじ埃や旱空 神奈川 大野 里詩
山寺の石段に置く秋思かな 埼玉 大野田井蛙
芒活けたちまち部屋は野のかをり 東京 大溝 妙子
握力無き指もて手繰る秋簾 東京 大山かげもと
秋風や音のあらはに桑畑 東京 岡城ひとみ
赤とんぼ空一枚を水辺とす 愛知 荻野ゆ佑子
鳳仙花みんなジャージのまま帰る 宮城 小田島 渚
顔剃つて秋の祭の風に出づ 宮城 小野寺一砂
指の間をこぼるるままに紫雲英蒔く 埼玉 小野寺清人
朝顔を数ふる声も路地暮し 和歌山 笠原 祐子
雨粒に水引草の小さき揺れ 東京 梶山かおり
とうすみの影は大海にも届く 愛媛 片山 一行
地虫鳴く読み止しの本閉ぢぬまま 東京 桂 説子
潮騒の街に繰出す良夜かな 静岡 金井 硯児
稲の花咲いたとまづは姉の文 東京 我部 敬子
孑孑の羽化するときの無重力 東京 川島秋葉男
義仲寺の芭蕉葉に聴く雨の音 千葉 川島 紬
座布団のへこみを後に月の客 神奈川 河村 啓
朴の実の残りを押さへ鳥啼けり 愛知 北浦 正弘
校庭の土俵ひび割れ秋暑し 東京 北川 京子
雁渡し庇に鳩のひとならび 長野 北澤 一伯
買ひ置きの本の厚みや九月来ぬ 東京 絹田 稜
伊那訪へば秋果に重る旅鞄 東京 柊原 洋征
受話器なき電話ボックス蚯蚓鳴く 東京 朽木 直
蜩や多摩の横山影絵めく 東京 畔柳 海村
エプロンを外し出づれば空高し 東京 小泉 良子
奔放なやうで動けぬ糸瓜かな 神奈川 こしだまほ
閉て切らぬ庭木戸ひとつ萩の宿 東京 小林 美樹
種無しを謳ふ葡萄の種嚙みぬ 千葉 小森みゆき
赤蜻蛉飛んでは元の竿の先 東京 小山 蓮子
あさがほの竿さき二輪あねいもと 宮城 齊藤 克之
秋の海ハングル文字の木つ端浮く 青森 榊 せい子
帰燕あと外輪山は藍ふかむ 長崎 坂口 晴子
連山の如く畝立て大根蒔く 長野 坂下 昭
蚯蚓鳴く観音堂の地獄絵図 群馬 佐藤 栄子
積み置ける薪の高さをとんぼかな 群馬 佐藤かずえ
捨てかねし納屋の大釜秋暑し 長野 三溝 恵子
かなかなや綾取これでおしまひに 東京 島 織布
改めて向き合ふ戦史九月かな 東京 島谷 高水
御柱空に突き立て諏訪の秋 兵庫 清水佳壽美
わが影を引きずり帰る残暑かな 東京 清水 史恵
はなびらを畳み木槿の散りにけり 東京 清水美保子
豪農の勢の跡や立佞武多 埼玉 志村 昌
星空の神話乱さず流れ星 千葉 白井 飛露
稲刈や田に虎刈のコンバイン 神奈川 白井八十八
銀河巡る鉄道予約して逝かむ 東京 白濱 武子
渋谷シニア祝六十年寡婦多し 東京 新谷 房子
豊臣の終焉の地の桐一葉 大阪 末永理恵子
盆唄へ手踊をする車椅子 岐阜 鈴木 春水
レコードの針飛ぶ音の良夜かな 東京 鈴木 淳子
遠花火ふと子育てのころ思ふ 東京 鈴木てる緒
かつて背負子に地下足袋の草刈女 群馬 鈴木踏青子
瓦礫積む町のはずれの銀河濃し 東京 角 佐穂子
初嵐扉の歪む農具小屋 東京 関根 正義
窓開けば残暑膨らみ押しよせり 千葉 園部あづき
逝く夏のレクイエムとも遠太鼓 埼玉 園部 恵夏
いつ来ても店主は無口秋暑し 神奈川 曽谷 晴子
星月夜昔は此処に丸木橋 長野 髙橋 初風
二拍手の音の乾きや秋日和 東京 高橋 透水
新涼や角の揃ひしたたみもの 東京 武井まゆみ
着慣れたるものの軽さよ新酒酌む 東京 竹内 洋平
秋暑し雨に微熱のありにけり 東京 竹花美代惠
盆景の葉の色づくも涼新た 東京 多田 悦子
秋描く筆洗の水は鈍色に 東京 田中 敬子
青葉風青一色となる信濃 東京 田中 道
寺坂に母の手を引く秋彼岸 東京 田家 正好
炎天の影に重さのあるごとし 東京 塚本 一夫
ストローを曲げて飲み干す夏の果 東京 辻 隆夫
水澄むや四方すべてを湖に ムンバイ 辻本 芙紗
底紅のうつむく頃やいとまごひ 東京 辻本 理恵
母迎ふる苧殻きれいに燃やしけり 愛知 津田 卓
堰に嵩増す水音や稲の花 東京 坪井 研治
前に出るたびに整ふ踊の輪 埼玉 戸矢 一斗
故郷がずしりと重し墓参 千葉 長井 哲
鈍行の旅の終点秋夕焼 東京 中込 精二
ひむがしに月白といふ余白あり 大阪 中島 凌雲
竹騒ぐ音や無月の坊泊り 東京 中野 智子
ラジオ体操の胸を反らせば鰯雲 茨城 中村 湖童
去りがてに流灯ひとつ草のあひ 埼玉 中村 宗男
つぎつぎと蟻あらはれて列を継ぐ 東京 中村 藍人
風向きを肌に感じつ大根蒔く 長野 中山 中
八月の日ごとに伸ぶるものの影 千葉 中山 桐里
点描のやがて線描大文字 大阪 西田 鏡子
八月尽親の看取りに使ひきる 埼玉 萩原 陽里
日めくりの薄紙二葉原爆忌 東京 橋野 幸彦
うたた寝の合間に秋の来てゐたり 広島 長谷川明子
けふは帯すこしひくめに西鶴忌 東京 長谷川千何子
須磨寺に鳶の笛聞く秋初め 兵庫 播广 義春
赤茶けし本の匂へるちちろ虫 埼玉 半田けい子
鳴き切りし虫のむくろの軽さかな 埼玉 深津 博
辞書捲る指に張り付く残暑かな 東京 福原 紅
秋蝶に我が彷徨を見てゐたり 東京 星野 淑子
己が影壁に貼りつく広島忌 岐阜 堀江 美州
指の反り首の傾ぎも踊かな 埼玉 本庄 康代
小鳥来てわづかに揺るる小枝かな 東京 松浦 宗克
吹かれゐて秋の簾となりにけり 東京 松代 展枝
火は消えて暫しの黙や大文字 神奈川 三井 康有
永らへし日々は語らず生身魂 神奈川 宮本起代子
風渡る多摩の山辺の鰯雲 東京 村田 郁子
木の実降る土偶に蛇の縄模様 東京 村田 重子
山門にけふの格言乱れ萩 東京 森 羽久衣
まくれなゐの雨滴つぎつぎ鶏頭花 千葉 森崎 森平
時刻む八月六日の鳩時計 埼玉 森濱 直之
谷風に野良着の乾く秋日和 長野 守屋 明
せつかちな水琴窟や秋暑し 東京 矢野 安美
母に摘む八千草こぼれやすきかな 群馬 山﨑ちづ子
誰彼も深川祭の水びたし 東京 山下 美佐
身に入むや鄙の宿りに聞く民話 東京 山田 茜
線香花火みんな優しき顔をして 東京 山元 正規
行く夏や手押しポンプの軋む音 愛媛 脇 行雲
田の上に空のほかなし稲雀 東京 渡辺 花穂





銀河集・綺羅星今月の秀句
伊藤伊那男・選
今回はお休み致すます。





代選
秀逸
新涼の風を練り込み陶土搗く 栃木 たなかまさこ
暮れなづむ湖を揺らすや夜振の火 広島 小原三千代
ちらばりし言の葉探る夜長かな 東京 島谷 操
水打つて水を手向けて終戦日 埼玉 水野 加代
大方は鴉にやりて木守柿 千葉 針田 達行
澄みきつて青潔し秋の空 静岡 橋本 光子
蚯蚓鳴く湯呑みにひびの枝分かれ 東京 北原美枝子
すれ違ふ墓地の黙礼秋日傘 東京 西 照雄
山小屋の皆良き顔の良夜かな 埼玉 加藤 且之
覚えなきワイシャツ庭に台風過 東京 幕内美智子
なにもかも洗濯したき酷暑かな 東京 橋本 泰
厨音秋の気配のそこはかと 神奈川 西本 萌
曇り空泣き出しさうに秋に入る 東京 軽石 弾
湯桶にも月の姿や宿の夜 東京 田中 真美
新顔の案山子の肌は艶やかに 静岡 山室 樹一

星雲集作品抄
代選
海底の珊瑚の骸震災忌 東京 尼崎 沙羅
卒塔婆のそつぽ向きたる墓洗ふ 東京 飯田 正人
苧殻火の風のそよぎや父母来しか 東京 井川 敏
野仏の塚のぐるりを彼岸花 長野 池内とほる
ぐんぐんと飛行機雲の秋の空 東京 一政 輪太
世阿弥忌や締めては放つ調べ糸 東京 伊藤 真紀
鹿撃ちの落とししままの空薬莢 広島 井上幸三
稜線の先に山小屋秋高し 東京 上村健太郎
ベートーヴェン偲ぶ小径のしだれ萩 埼玉 梅沢 幸子
落鮎や目から鱗の一夜干 長野 浦野 洋一
累代の墓仕舞ふ丘帰燕かな 静岡 大槻 望
芋の葉のみどりに遊ぶ露の玉 静岡 小野 無道
秋麗や呼吸整ふ濃茶点前 群馬 小野田静江
忘れ物妙に多き日秋立つ日 長野 唐沢 冬朱
終戦日正午のラジオ聞きすます 愛知 河畑 達雄
穴開けを競はせ障子洗ひけり 東京 久保園和美
少年に戻る踊り手風の盆 東京 熊木 光代
雑草の根気に負けて秋の畑 群馬 黒岩あやめ
ハンモック夢は草原かけめぐる 群馬 黒岩伊知朗
パンタロンの案山子昭和の顔を見せ 群馬 黒岩 清子
病棟にひとり黙禱終戦忌 愛知 黒岩 宏行
ひぐらしの土より生まれ土に墜つ 東京 髙坂小太郎
秋の夜パリの裏町ただ一人 神奈川 阪井 忠太
新蕎麦や旗の揺らぎに長き列 長野 桜井美津江
一村を抱き込むやうに秋の虹 東京 佐々木終吉
種採の手からこぼれて落つる種 群馬 佐藤さゆり
瓦礫の地埃まみれの鶏頭花 東京 清水 旭峰
音たてて街煙らせて喜雨来たる 千葉 清水 礼子
流れ星天に委ねる命かな 群馬 白石 欽二
幕の紋映ゆる老舗や神農祭 大阪 杉島 久江
尾根径の地蔵に語る女郎花 東京 須﨑 武雄
秋の蝶光こぼしていざなへる 東京 鈴木 野来
地蔵会の縛り地蔵の笑顔かな 愛知 住山 春人
夫に背を押され輪の中ねぶたの夜 東京 田岡美也子
傷つきし羽はばたかせ秋の蝶 東京 髙城 愉楽
秋高し百万遍の古書祭 東京 寳田 俳爺
トンネルを抜けしダム湖や秋の虹 埼玉 武井 康弘
凹みたる轍の跡の草の花 埼玉 内藤 明
夕立や湯畑急ぐ下駄の音 群馬 中島みつる
灯消し銀河を仰ぐ山の夜半 神奈川 長濱 泰子
四拍手の出雲の社空高し 京都 仁井田麻利子
校庭に体育の声九月かな 東京 西田有希子
窓の木々揺れひとつなき熱帯夜 神奈川 花上 佐都
変遷の昭和百年敬老日 長野 馬場みち子
夏果てのめくり忘れしカレンダー 神奈川 日山 典子
蓮の葉や添水のごとく水こぼす 千葉 平野 梗華
麓まで雲垂れてをり蕎麦の花 千葉 平山 凛語
足場組む金属音や処暑の雨 長野 藤井 法子
富士薊噴火の噂あるやなし 栃木 星乃 呟
虫しぐれ空き家の庭に響きけり 東京 松井はつ子
ほそき葉にほそき足添へ赤とんぼ 東京 南出 謙吾
馬糧にもなるらし木槿道の辺に 愛知 箕浦甫佐子
きしきしと哭くや形見の秋扇 東京 宮下 研児
久久の秋刀魚の匂こんがりと 宮城 村上セイ子
望の月眠らぬ街を渡りけり 東京 家治 祥夫
灯籠に電源繋ぎ盆用意 神奈川 山田 丹晴
稲つるび立木を裂きし闇夜かな 群馬 横沢 宇内
百年に一度が常となる厄日 神奈川 横地 三旦
こぼれ萩くぐれば我も役者めく 神奈川 横山 渓泉
地獄絵図拝し山門鳥兜 千葉 吉田 正克
囮鮎役目終へしか放たれり 東京 若林 若干
涼新た快速列車小樽行 東京 渡辺 広佐





星雲集 今月の秀句
伊藤伊那男
今回はお休み致します。






伊那男俳句 自句自解(107)
師を送る中野坂上雁の頃
盤水先生が亡くなられたのは平成二十二年八月二十九日。享年九十一歳であった。先生はその前から体調を崩されてお会いできずにいたが、その年の五月であったか、結社誌を創刊する意思を固めて、中野坂上のご自宅をお尋ねした。その時はお元気そうで笑顔で迎えて下さった。そして、「おやりなさい。応援しますよ」と優しく仰ってくださった。「結社名が決まったら題簽も書きますよ」とも。結局お願いしないまま亡くなられたが……。葬儀はご自宅近くの宝仙寺で執り行われた。私が俳句を始めた三十三歳の時、先生は六十四歳。私の父と同年代であった。私が結社の中でもとりわけ若かったこともあってか随分気に懸けて下さった。しばしば新宿西口の酒亭「ぼるが」に落ち合い、俳壇の四方山話をお聞きしたものだ。まだ無名の私を超結社句会「塔の会」に無理矢理押し込んで下さったが、この句会で揉まれなければ私の今日は無かったのではないかと思っている。今年は十五回忌であった。
よしと言ひあしと言ひ皆末枯るる
近江の安土城に登ると、眼下に葦原が一望できる。近江簾の産地である。私の故郷の信州伊那谷に寒天製造の小笠原商店があり、以前見学に行き、天日干にする簾について聞くと、近江簾を使うという。最も優れているという。京都の町屋の夏の窓を守る簾ももちろん近江簾である。さてその材料である「あし」と「よし」(葦・蘆・葭)にはどういう違いがあるのだろうか。これは実に単純明快で「あし」の音が「悪(あ)し」に通じることを忌んで、万葉集の時代から「善(よ)し」に読み替えたのだという。つまり今はどちらに読んでも正しいのである。なお近江では荻のことを「あし」と呼ぶという。句はこの読み替えを通して、良い物も悪い物も結局は等しく枯れ果てていく、という自然界、もっといえば人間界の暗喩を絡ませてみたもので、一応成功したようだ。だが決して言葉遊びだけで終わらせるつもりは無く、琵琶湖に続くあの葦原の美しさを心に止めて置きたかったのである。
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aishi etc





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8枚一組 1,000円
ごあいさつにご利用下さい。













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