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 4月号  2017年

伊藤伊那男作品   銀漢今月の目次 銀漢の俳句 盤水俳句・今月の一句  
  彗星集作品抄    彗星集選評  銀漢集・作品抄
  綺羅星集・作品抄  銀河集・綺羅星今月の秀句 星雲集・作品抄  
星雲集・今月の秀句   銀漢亭こぼれ噺   伊那男俳句  銀漢の絵はがき 掲示板  
 銀漢日録  今月の写真

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伊藤伊那男作品


主宰の八句

寒鯉        伊藤伊那男

寒鯉を喰うて信濃の血を濃くす
風花を母の便りとして受くる
初天神行きも帰りも水城越え
初天神学成り難く禿頭に
行間にふるさとの風寒見舞
片雲のわたる湖国や義仲忌
魞挿しの要の竹を深く挿す
猪鍋へ片手拝みに札所過ぐ





        
             


今月の目次






銀漢俳句会/4月号














   



銀漢の俳句 

伊藤伊那男 

◎萩原空木『熊野古道をゆく』出版を祝して⑵

「春耕」誌に「熊野古道をゆく」の連載をスタートしたのは平成20年6月からであった。その連載中の平成23年、萩原君に新たに別の歯肉癌が発症した。今度は完全に食物も水の一滴も喉を通ることは不可能となり、胃瘻(いろう)の生活となった。また声を発することもできなくなった。私には想像を絶する厳しい状況になったのである。
 その手術のあと私は名古屋の病院に見舞いに行ったのだが、正直なところ今生の別れになるのではないか、と覚悟をして訪ねたのであった。病床では骨と皮という感じに痩せ細っており、面会の僅かな間にも痰が詰まって苦しみ、何度かナースコールを押した。同じ頃見舞いに行った別の友人の話では、ちらりと見たカルテに40キロ位の体重の数字が書かれていて驚いたという。
 思えば、あの病院からの生還は一つに萩原君の気力、芯の強さによるものであったと思う。回復するまでのしばらくの間、連載の中断はあったが、熊野探訪の旅は再開したのであった。ともかく歩きに歩いて、地元の方々からの聞き取り調査で構成されるエッセイである。だが筆談しか方法が無いのであるから萩原君はどれほどもどかしい思いをしたことであろうか。結局そのような努力の積み重ねの中からこの度のこの労作が完成したのである。
 新聞記者として鍛え上げてきた取材能力と筆力の確かさに、写真を散りばめた見事な構成力がこの本の眼目である。ひたむきな文章は求道的でもある。
 思えば萩原君は記憶力の優れた人である。私などは興味の無い事は全て忘れてしまうし、恥の多い人生なので忘れてしまいたいことが多い。一方萩原君と思い出話をすると、あの時、あの場面で君はどのような行動をし、どんなことを喋った……というようなことまで鮮明に記憶していて、その度に私はたじろいでしまうのである。
 さて、萩原君のこの度の労作を大いに称えるものであるが、私は一段落したら次の仕事に取り掛かることを進言している。熊野にはまだ大辺路(おおへち)中辺路(なかへち)小辺路(こへち)もある。
ただし取材旅行は体力的に厳しいので、違う観点、違う手法で挑戦する手もあるかもしれない。絶対やってほしいのは句集の出版である。読み応えのある句を沢山持っている筈である。
ともかく何かをやっていてほしい。立ち止まることなく何かを求め挑戦を続けていてほしいと思う。萩原君は驚異的な精神力の持ち主なのである。励まし合いながら一緒に走り続けていてほしい。安心したら我々の旅は終わってしまうのだと思う。













 



  

盤水俳句・今月の一句

伊藤伊那男

うべなへる源義の像初桜         皆川 盤水

 
新宿区百人町にある俳人協会の俳句文学館は、大蔵省の土地の払い下げを受け、自前で建築したものである。その事業は角川源義が指揮を執り、昭和51年に完成した。ただしその前年に源義は逝去。今、俳句文学館を訪ねると玄関で源義のブロンズ像が迎えてくれる。盤水先生は当時若手の実働部隊として源義に仕えた。源義を見舞った時、私の叔父池上樵人も一緒で、樵人が源義に縋って号泣したのに困惑した、と聞いたことがある。
                                  (昭和53年作『山晴』所収)














  
彗星集作品抄
伊藤伊那男・選

お迎への来れば使へる初写真        松川 洋酔
浮かびきて顔細くなり鳰          小山 蓮子
三山の切麻かとも風花す          中村 湖童
読初の奥の細道関越えず          伊藤 庄平
鍋煮ゆるまでは秩父の底冷えに       多田 悦子
宝船せまきながらも楽しさう        武井まゆみ
投げるならふさぎの虫へ雪つぶて      中村 孝哲
去年今年一直線の火の粉の矢        黒岩 宏行
水鳥の黒点となる夕日かな         曽谷 晴子
祭着を重ね着したる秩父かな        谷岡 健彦
焼芋の熱さに忙し左右の手         笠原 祐子
春風邪や読みかけの本伏せしまま      松浦 宗克
煤逃げや四阿に待つ将棋盤         神村むつ代
咲くころと仰げばすでに枇杷の花      大沼まり子
大吉に少し不安な初みくじ         伊東  岬
勝独楽の弾きて勢増しにけり        三代川次郎
くさみまで二秒の面のいたはしく      中野 智子
「所に寄り」の所の中や雪が降る      福原 紀子
江戸絵図の海はここまで冬霞        山元 正規
水選ぶことに始まる筆始          夲庄 康代









       








彗星集 選評 伊藤伊那男

 

お迎への来れば使へる初写真      松川 洋酔
一読、苦笑である。私は67歳だが、この年になると、やはり何が起こるか解らない。遺影の写真などということも頭を過る。妻の祖母は70歳位から準備をしていたようで、葬式は90歳を過ぎていたが、ずい分若い遺影が飾られた。この句、初写真であるから正装をしてちゃんと正面を向いているのであろう。「何かあったらこれを使ってね」などと子供にも見せたのであろう。年輪を重ねたからこそ浮かび出た発想の句で、そこはかとないユーモアで包んで、人の世の節理を詠み取ったのである。

  
浮かびきて顔細くなり鳰        小山 蓮子
鳰(かいつぶり)は小振りで動作もどこか可愛く、ついつい見入ってしまう。潜った鳰がどこから浮上するか注目していると、顔が細くなって上ってきたようにも思える、という。なかなかの慧眼である。水圧もあるのでそのように見たのかもしれないが、皆が諾わざるを得ない説得力がある。 

  
三山の切麻かとも風花す        中村 湖童
大和三山であるか、出羽三山であるか、ともかく並列で崇められる神の山である。切麻(切幣)は、麻または紙を細かく切って米と混ぜて神前に撒くものをいう。山からの風花はあたかもその切麻であるかもしれない――と思ったのである。神の山を称えたいい挨拶句である。

  
読初の奥の細道関越えず        伊藤 庄平
読初に『奥の細道』 を読んだのだが、結局関を越える前に投げ出してしまった、という。最初の関ということになると、白河の関である。旅程でいえば深川を出て丁度一月位、全日程の五分の一位で挫折してしまったことになる。ちょっと覚悟の緩い読初だが、これも俳諧味。 

  
鍋煮ゆるまでは秩父の底冷えに     多田 悦子
私も参加した猪鍋の会の風景か。料理店の座敷に上ってもまだ寒い。外套を肩に掛けたり膝の上に置いて鍋の煮えるまで待つ。煮え立つ頃ようやく部屋の空気も暖まってくるのである。鍋を介在させて秩父の底冷えを浮き彫りにしたのである。 

  
宝船せまきながらも楽しさう      武井まゆみ
 七福神は奇妙な風体の神もいるが、宝船に全員乗り込んでなかなか楽しそうにしているという、読み手の頬も緩ぶような句である。弁天様を取り合うことはないのか?呉越同舟というのはないのか?…などという想像も浮かぶ。
 
  
投げるならふさぎの虫へ雪つぶて    中村 孝哲
 雪合戦でこのような心象風景へ及んだ句は珍しい。

  
去年今年一直線の火の粉の矢      黒岩 宏行
 去年今年を繋ぐのは一直線の火の粉。いい発想である。

  
水鳥の黒点となる夕日かな       曽谷 晴子
 日没直前の光の細やかな変化をよく観察している。

  
祭着を重ね着したる秩父かな      谷岡 健彦
 12月3日の秩父夜祭の寒さが如実である。

 
焼芋の熱さに忙し左右の手       笠原 祐子
受け取ったものの熱い塊に右往左往する面白さ。 

  
春風邪や読みかけの本伏せしまま    松浦 宗克
 冬ではない春の風邪の気怠さが出ている。

 
煤逃げや四阿に待つ将棋盤       神村むつ代
将棋の相手が近くの四阿に待機しているのである。 

  
咲くころと仰げばすでに枇杷の花    大沼まり子
 中七までで切って「ああ咲いている」と驚く。

  
大吉に少し不安な初みくじ       伊東  岬
 大吉の先は凶に戻るしか無いという不安か。

 
勝独楽の弾きて勢増しにけり      三代川次郎
  相手を弾き飛ばして更に力を得る。人の世の寓意とも。

  
くさみまで二秒の面のいたはしく    中野 智子
 嚔のその直前の2秒をスローモーションで描いた。 

 
所に寄り」の所の中や雪が降る     福原 紀子
 天気予報の言葉のまさにその中に自分がいる。
 
  
江戸絵図の海はここまで冬霞      山元 正規
 江戸と東京の海岸線の大きな変化。その先は冬霞の中。

  
水選ぶことに始まる筆始        夲庄 康代
 書家は墨だけでなく、水も選ぶのであるか。

 




           







  


銀河集作品抄

伊藤伊那男・選

丹念に町屋格子の煤払         東京  飯田眞理子
江戸絵図の橋のありかや都鳥      静岡  唐沢 静男
四捨五入すれば傘寿や初鏡       群馬  柴山つぐ子
煤逃げも叶はぬ二人住まひかな     東京  杉阪 大和
からからと吉野の冬へ雨戸開く     東京  武田 花果
高麗王てふ祖伸(おや)に抱かれ里の冬     東京  武田 禪次
セーターの猫背を妻に正さるる     愛知  萩原 空木
福寿草日に日に影の膨れ来し      東京  久重 凜子
ベトナムのサンタはバイクでやつて来る 東京  松川 洋酔
冬の日の膨みてゐるエンタシス     東京  三代川次郎
富士山の丸まつてゐる初暦       埼玉  屋内 松山





   
   










綺羅星集作品抄

伊藤伊那男・選 

長谷寺の舞台どこでも日向ぼこ      東京  飯田 子貢
隠国の長谷の舞台のひなたぼこ      東京  島谷 高水
日向ぼこ長谷観音に尻向けて       東京  朽木  直
里神楽果て風呂敷に神の衣        埼玉  多田 美記
ポッペン吹く息もたしかや百歳ばば    埼玉  梅沢 フミ
銭湯に脱ぐ銀鱗の冬帽子         埼玉  小野寺清人
仏様にもこれだけの煤払ふ        大阪  末永理恵子
鳥声の目覚しかけて山眠る        埼玉  夲庄 康代
青春の三寒晩年の四温          東京  中村 孝哲
白梅に透かし紅梅観てをりぬ       東京  高橋 透水
かぎろひの丘に大きな焚火跡       東京  渡辺 花穂
葉牡丹の葉翳もろとも渦なせり      東京  我部 敬子
ひめくりを配り酒屋の年用意       長野  高橋 初風
扁額の読みをまた問ふ煤払        埼玉  中村 宗男
知床の地図の尖りて流氷来        東京  松代 展枝
金柑頭の突き抜けてゐるスエタかな    愛知  山口 輝久
魚臭き焚火くすぶる三崎港        神奈川 伊東  岬
整ひてどこかをかしき福笑        東京  堀切 克洋
変はりなき夕餉の支度日脚伸ぶ      東京  小山 蓮子
初電車虚子庵跡はあの辺か        東京  谷川佐和子

寒灯や故郷の駅の小さきこと       東京  相田 惠子
松籟もゆかしき社千代の春        宮城  有賀 稲香
団欒の声聞き分けて竈猫         東京  有澤 志峯
朝夕に大和三山大根干す         静岡  五十嵐京子
伏す妻へ届けと高く薺打つ        埼玉  池田 桐人
来し方へなびくマフラー列車待つ     埼玉  伊藤 庄平
眼の冷ゆる戒壇巡りの真暗闇       東京  伊藤 政三
歩み寄る影凍蝶を砕くかに        東京  上田  裕
羽子板市の掛け合ひ羽根をつくやうに   東京  大西 酔馬
舌頭千転二転目にて悴む         神奈川 大野 里詩
風花に旅の便りを預け来り        埼玉  大野田井蛙
若水や今年も世話になる薬        東京  大溝 妙子
鳥総松老の雑事の始まりぬ        東京  大山かげもと
買初のレシートに書く一句かな      東京  小川 夏葉
一人なら柚子も一つで足る湯かな     宮城  小田島 渚
初鶏の声に目覚めの町うごく       神奈川 鏡山千恵子
書架にあるわが歳月や去年今年      和歌山 笠原 祐子
二分咲きのまま咲き継げリ冬桜      東京  梶山かおり
人形の首の抜き差し冬ざるる       愛媛  片山 一行
学僧にバレンタインのチョコレート    東京  桂  信子
餅花や脚立に乗りし花咲爺        長野  加藤 恵介
国分寺辺りで揃へ七日粥         高知  神村むつ代
冬晴や干支の鶏舎の混み具合       東京  川島秋葉男
祖父母父母遺影の真顔初燈        長野  北澤 一伯
まねき猫に招かれてゐて冬ぬくし     東京  柊原 洋征
爪立つも臘梅の香へあと少し       神奈川 久坂依里子
膳立てを終へ束の間の初鏡        東京  畔柳 海村
太ぶとと年木積まるる吉野かな      神奈川 こしだまほ
床花に少し手を入れ女正月        東京  小林 雅子
どうしても平家贔屓やふくと汁      長崎  坂口 晴子
薺打つ音のきほひをたしかめつ      千葉  佐々木節子
膝に置く手袋の手や上京す        長野  三溝 恵子
風花の来し方に母在すかな        東京  島  織布
磐座を暖めてゐる枯葉かな        兵庫  清水佳壽美
玄治店跡を通りし福詣          東京  白濱 武子
横浜山手
雪富士を大使の庭の借景に        東京  新谷 房子
初稽古要の固き舞扇           東京  鈴木 淳子
読み返すことは稀なる日記買ふ      東京  鈴木てる緒
坂の町港の町の待つ聖夜         東京  角 佐穂子
七種やまな板はづむ音よかり       東京  瀬戸 紀恵
ふた玉の残り毛糸に思案して       東京  曽谷 晴子
松飾納めて宮は常宮に          愛媛  高橋アケミ
数へ日を長谷の回廊一歩づつ       東京  武井まゆみ
鉈切りの大根加へ宇陀の鍋        東京  多田 悦子
一人居の煤逃げできぬ煤だらけ      東京  田中 敬子
夜祭を見る窓残し北塞ぐ         東京  谷岡 健彦
ストーブの石油臭きも講の宿       神奈川 谷口いづみ
冬ぬくしお好み焼の紅しようが      東京  塚本 一夫
冬ざれの磐座三座御座しけり       愛知  津田  卓
割き腹の白子覗かせ鱈売女        東京  坪井 研治
臘梅の夕暮少し長引かす         埼玉  戸矢 一斗
鴨の数かぞへて日がな谷戸落暉      神奈川 中川冬紫子
百里来てまだ煤逃の逃げ足りぬ      大阪  中島 凌雲
ビル街の残照はるか浮寝鳥        東京  中西恒雄
久女忌や風花やみてまた舞うて      東京  中野 智子
裏口の先は冬野やパチンコ店       茨城  中村 湖童
縄とびの子を包みたる光の輪       東京  西原  舞
みほとけもなさる頬杖花疲れ       東京  沼田 有希
風邪の子に天井近し杉板目        東京  橋野 幸洋
女正月はらからのみな未亡人       神奈川 原田さがみ
転読の所作に導師の息白し        兵庫  播广 義春
紙漉の簀子に山の日も均す        東京  半田けい子
同じ事言ふと言はれて冬籠        東京  保谷 政孝
父なる空母なる大地初明り        東京  堀内 清瀬
隠りくの御陵に冬日はや翳る       岐阜  堀江 美州
一刷けに干潟石蓴のみどりたつ      東京  松浦 宗克
煤払二日遅れて来る疲れ         東京  宮内 孝子
楪や娘ふたりは嫁さぬまま        神奈川 宮本起代子
ゆく年の灯ともすベイの観覧車      千葉  無聞  齋
冬泉の一杓にして身を清む        東京  村上 文惠
風呂吹や家族揃ふも稀なれば       東京  村田 郁子
初旅や胸の切符に触れもして       東京  村田 重子
沢音の奥に笹鳴きありにけり       千葉  森崎 森平
やや深きお辞儀の角度松の内       東京  森 羽久衣
幕隅の星のはにかむ聖夜劇        埼玉  森濱 直之
烽火とも見ゆる南都の大焚火       東京  山下 美佐
一陣の山家震はす虎落笛         群馬  山田  礁
鰐口を搏つや綿虫ちりぢりに       東京  山元 正規
顔よりも大き綿菓子日向ぼこ       神奈川 吉田千絵子
正月や多少のことは大らかに       愛媛  脇  行雲





















     







銀河集・綺羅星今月の秀句

伊藤伊那男

富士山の丸まつてゐる初暦        屋内 松山
 
 えっ富士山が丸まっている? と驚かす。いやいやそれはカレンダーの富士山、という仕掛けである。巻き癖がついたままなのである。富士山の絵、または写真が丸まっている、というべきところを大胆に省略した見立ての機知である。


  

長谷寺の舞台どこでもひなたぼこ     飯田 子貢
隠国の長谷の舞台のひなたぼこ      島谷 高水
日向ぼこ長谷観音に尻向けて       朽木  直  
 私も同行し目撃している場面である。奈良は長谷寺の本堂の舞台。寺を一巡したあと誰言うともなく舞台で日向ぼことなったのであった。子貢句はその舞台の広さ、空間が想像できる句。高水句は「隠国」の枕言葉で読者を長谷(泊瀬)に引き摺り込む立句的手法。朽木句は俳謔を交えた。同じ場面の三者三様の作り方である。読者の好みはどの句であるか? 私の好みは高水句ということになりそうだ。私情を挟まず、欲が無く、品位を保っている、と思う。


  

里神楽果て風呂敷に神の衣        多田 美記
里神楽の終ったあとをよく観察した句である。「里」神楽であるだけに村人が自分の使う衣装は自分で管理し、各自持ち帰る、ということなのであろう。その庶民的感じを的確に捉えて出色である。神役の衣でなく「神の衣」と詠み切ったのが俳味である。 


ポッペン吹く息もたしかや百歳ばば    梅沢 フミ
 実際に百歳を超えておられるフミさんの自画像である。「息もたしか」が実によい。俳句も確かである。フミさんは大正五年生まれ。中村汀女に師事し、萩誌を経て銀漢に参加していただいている。私は六十七歳であるからフミさんに追いつこうとしたらあと三十三年俳句を作ることになる。もしもそのような長寿を貰えたら幸せだが、フミさんのようにしっかりとした句を作り続けることが果してできるのかどうかといえば全く自信が無い。ともかく我々全員の励みになる方の強い句である。


 

銭湯に脱ぐ銀鱗の冬帽子         小野寺清人
「銀鱗」の効果は絶大である。この一語で、港町であること、遠洋漁業から戻った男たちが真っ先に銭湯に来て、航海の汗を流していることが解る。「冬帽子」の季語で、寒風に晒された激しい労働であったことも想像できる。短い俳句がその何倍ものことを語ることができる好例ともいえる句である。仄聞するとこでは、作者の故郷気仙沼の銭湯は区画整地事業で、この春閉じるという。 


  

仏様にもこれだけの煤払ふ        末永理恵子
この句を読むときは、仏様にもこれだけの!と驚き、ここで切って、煤払ふ、と納めるのがよいのであろう。仏壇は線香を焚くせいもあってか、意外にも埃が貯るものである。そんな驚きの声が伝わってくる句の仕立てである。 


  

鳥声の目覚ましかけて山眠る       夲庄 康代
 春、小鳥たちが囀りを始めるまでの間。山が眠る、という句意なのであろう。その「囀」を目覚まし時計に見立てたというのである。その春までの時間を時計の比喩にもってきた発想は見事というしかない。山の睡眠時間である。


  

青春の三寒晩年の四温          中村 孝哲  
 季語をこんな風に分解し、自然観照から外れた使い方をしてしまっていいのだろうか?と思う人もいると思う。だが小説や脚本を書くこの人の句として見れば何の違和感もなく、むしろこの人の「いのちのうた」なのだと思う。俳句には作者の名前と前書きがある。と私は思っているので、この句を諾うのである。「晩年の三寒」でなくて、本当によかったね!


  

白梅に透かし紅梅観てをりぬ       高橋 透水
 紅白の梅を詠んだ句としては〈白梅のあと紅梅の深空あり 飯田龍太〉が知られている。白梅のあと紅梅がが咲き継いだ時間の経過を詠んだ句である。一方掲出句は前面に白梅があり、その奥に紅梅がある。同時に二種の梅の盛りを見ているのである。「透かし」でと捉えた遠近感がいい。


  その他印象深かった句を次に
  

かぎろひの丘に大きな焚火跡       渡辺 花穂
葉牡丹の葉翳もろとも渦なせり      我部 敬子
ひめくりを配り酒屋の年用意       高橋 初風
扁額の読みをまた問ふ煤払        中村 宗男
知床の地図の尖りて流氷来        松代 展枝
金柑頭の突き抜けてゐるスエタかな    山口 輝久
魚臭き焚火くすぶる三崎港        伊東  岬
整ひてどこかをかしき福笑        堀切 克洋
変りなき夕餉の仕度日脚伸ぶ       小山 蓮子
初電車虚子庵跡はあの辺か        谷川佐和子







           

 
 





 
星雲集作品抄
伊藤伊那男・選

秀逸
後手に煤逃げの戸を閉めにけり     東京   辻  隆夫
極月やバス停の名は岐れ道       東京   今井  麦
橋ひとつ渡るあひだの都鳥       東京   宇志やまと
山眠り裾を四五戸にあづけたる     東京   小泉 良子
初護摩の焚き立ての香を頂きぬ     埼玉   渡辺 志水
目ぢからを入れて男の初鏡       神奈川  有賀  理
消炭の残る山畑笹子鳴く        東京   須﨑 武雄
数へ日やゼロ点合はぬ体重計      東京   竹内 洋平
湯ざめして顔の小さくなりにけり    埼玉   大澤 静子
笹鳴や笹の葉は日を照り返し      埼玉   志村  昌
頭脳パンてふもの手にす初天神     千葉   白井 飛露
湯気もまた組合つてゐる寒稽古     埼玉   小野 岩雄
初夢を少し飾りて友に告ぐ       神奈川  栗林ひろゑ
寒柝の常に一打目合はぬ組       東京   辻本 芙紗
初日記いきほひ遺言めいてくる     神奈川  上條 雅代

寒柝のやうやう揃ひ子らの笑み     大阪   辻本 理恵
囲む輪を拡げて高きどんど焼      長野   守屋  明
持て成しに舌を焼かるる蕪蒸し     東京   牧野 睦子
なほ頼む手足遊ばせ初湯かな      東京   福永 新祇
母からの筆圧つよき年賀状       大阪   永山 憂仔
大寒の一戸一戸にあまねき日      神奈川  中野 堯司
風邪薬受取るだけで治るやう      東京   豊田 知子
熱燗や出世頭の筈なれど        東京   手嶋 惠子
白菜の白の溶け入るシチューかな    山形   髙岡  恵
潮の香のかすかに障子抜けてくる    神奈川  河村  啓
好き嫌ひ言はれつつ減るごまめかな   東京   浅見 雅江
   


星雲集作品抄


宙を踏む脚絆たしかや出初式      東京   秋田 正美
水仙の咲く灯台の陰画めく       埼玉   秋津  結
嗅覚が方向決むる探梅行        神奈川  秋元 孝之
初鏡姉妹比ぶる目鼻立ち        東京   荒井 郁子
祝木に雀のはぬる軒端かな       高知   有澤 由朋
神鈴に希みを託し初詣         愛媛   安藤 政隆
桂浜朝日の昇る初景色         東京   井川 敏夫
悴かみて鍵取り落とす音乾き      東京   生田  武
屠蘇汲むや末子に生まれ大家族     高知   市原 黄梅
笛方の二の腕白き能始         東京   伊藤 真紀
天命を今だ悟らず初硯         神奈川  伊藤やすを
初鏡やや父に似る笑ひ皺        神奈川  上村健太郎
八尾の妹より届きたる小丸餅      東京   浦野 洋一
真夜中に重機忙しき雪の街       埼玉   今村 昌史
裸木の群れて天突く峠かな       愛媛   岩本 昭三
新しき上司とともに寒波来る    シンガポール 榎本 陽子
元旦やいづまひ凜と当主なる      高知   大西 白圭
去年の夢破れちまつて福笑ひ      東京   大沼まり子
思ひ出す読手の母や歌かるた      群馬   岡村妃呂子
白壁に卯建に冬日海野宿        神奈川  小坂 誠子
哲学の道鶯のしじに鳴く        京都   小沢 銈三
冬枯や地を這ふ風に弛みなし      静岡   小野 無道
松過ぎてひと日書斎の人となる     静岡   金井 硯児
初日の出背に白富士の極まりて     東京   亀田 正則
枝たたく木屑を嘴にこげらかな     愛知   北浦 正弘
消火器に冬日差したり松陰塾      神奈川  北爪 鳥閑
みちのくや鎮魂も込め里神楽      東京   絹田 辰雄
熱の子を少し冷しに雪女郎       和歌山  熊取美智子
玄関の靴も一足三日かな        群馬   黒岩 清女
注連飾る風に思ひを託しけり      愛知   黒岩 宏行
北斎の青飛び出して竜の玉       東京   黒田イツ子
潮騒もとりわけすがし今朝の春     神奈川  小池 天牛  
初夢を忘れてしまふ二度寝かな     群馬   小林 尊子
日向ぼこ昔話の婆二人         神奈川  阪井 忠太
やり残す事やり残し大晦日       長野   桜井美津江
初詣高尾の絵馬の風に鳴る       東京   佐々木終吉
湯湯婆のごちよんごちよんと蹴られけり 群馬   佐藤 栄子
蠟梅や抱へる程に活けられて      群馬   佐藤かずえ
初日受く俳句成就を祈りつつ      群馬   佐藤さゆり
青年の大志を抱く股火鉢        東京   島谷 操
人日や定刻に犬吠え出しぬ       東京   清水美保子
突き上ぐる剣舞鋭き葱畑        神奈川  白井 憲治
竿竹に雑巾あまた掃納め        群馬   鈴木踏青子
紺袴折目正しく弓始          愛知   住山 春人
水墨の景より飛びし初鴉        埼玉   園部 恵夏
ねんねこや母も見し空どんな空     東京   田岡美也子
くさめして忘れてしまふ迷ひごと    福島   髙橋 双葉
寒雀祈願絵馬より飛び立てり      埼玉   武井 康弘
一言で説明できぬ夢はじめ       広島   竹本 治美
熱燗のつかみつかまれ酌み交はす    三重   竹本 吉弘
庭隅に光を集め福寿草         東京   田中 寿徳
一願を絵馬に走らす初天神       東京   田中  道
入り日背に走る江ノ電冬の海      神奈川  長濱 泰子
こんなにも広き故郷初御空       神奈川  萩野 清司
戦場は今もどこかに枯蓮        埼玉   萩原 陽里
新海苔の太字はためき日本橋      東京   橋本  泰
いたはりの言葉とつとつ根深汁     広島   長谷川明子
遮断機が下りては師走吹き溜る     東京   長谷川千何子
初鶏に飼育当番六年生         神奈川  服部こう子
暖房の音にも抑揚朝はまだ       神奈川  花上 佐都
どんど焼闇を自在に火の粉飛ぶ     長野   馬場みち子
鐘の音の山に溶けゆく淑気かな     長野   平澤 俊子
幼児に持たせる破魔矢地を祓ひ     東京   福原 紀子
結ひ髪の分け目新たに初鏡       愛知   星野かづよ
成人の日大樹に羽を畳む鳥       東京   星野 淑子
逸話みな温し友逝く師走かな      神奈川  堀  英一
田をつつき羽音一斉寒雀        神奈川  松尾 守人
早梅や温もり伝ふ楽茶碗        神奈川  松村 郁子
幼子のつかまり立ちて年迎ふ      神奈川  水木 浩生
賀詞交はす隣の主と垣根越し      京都   三井 康有
成人の日の振袖とすれ違ふ       東京   宮﨑晋之介
初雀いつもの朝の声を出す       東京   宮田 絹枝
取る者もなき歌かるた手に取りて    広島   村上 静子
路地裏に火花走るや喧嘩独楽      東京   八木 八龍
万愚節虚実と暮すこの世かな      東京   家治 祥夫
何をしに出たか忘るる三日かな     群馬   山﨑ちづ子
ままごとのさまに七草打ちにけり    東京   山田 茜
朝の道白き息より富士白し       神奈川  山田 丹晴
逆さ富士やや揺れながら初日の出    静岡   山室 樹一
重詰の隅の清しく福来たる       高知   山本 吉兆
朝にも夕べのおでん妻は留守      神奈川  横地  旦
熊手置く場所で揉めたる我が家かな   千葉   吉田 正克
新雪に残る足跡子連れ鹿        神奈川  渡邊 憲二
重詰の片寄り減つてゆくところ     東京   渡辺 誠子
ものの芽に呼び止められし並木道    東京   渡辺 文子













星雲集 今月の秀句

伊藤伊那男

後手に煤逃げの戸を閉めにけり      辻  隆夫
「煤逃」は本当は年末の掃除――煤掃き、煤払い――をしなくてはいけないのに、そっと逃げてきてしまうことを言う。期待されているのに果さないのであるから、後ろめたいものである。その気持ちがこの句では「後手に‥‥閉める」に表れているのである。目が合ったらまずいので、後手に閉める。その心の動きがこの動作で解るのである。


初護摩の焚き立ての香を頂きぬ      渡辺 志水
 面白いところに目が届いたものである。「初護摩」は真言宗、天台宗など密教系の寺院の不動明王や愛染明王などの前で行う祈禱。「護摩」はサンスクリット語で「智慧の火で迷いの薪を焼く」という意味だという。その焚き始めの最初の香りを「頂いた」というのがこの句で「焚き立ての香」が実に軽妙で滑稽な表現である。同時出句の〈物好きの来てゐるだけの冬の滝〉も確かに確かに‥‥。こんな寒い時期にわざわざ滝を見に来るのは「物好き」の何ものでもあるまい。「来てゐるだけの」の念押しが可笑しい。


消炭の残る山畑笹子鳴く         須﨑 武雄
 懐しい風景である。日常的に炭や薪を使っていた時代、残りの消炭や灰は畑に捨てたものである。アルカリ性なので土の改良になる。そんな作業を始めると、近くに笹子が鳴いたというのである。山村の春の始まりの様が具体的である。


数へ日やゼロ点合はぬ体重計       竹内 洋平
ゼロ点という言葉を始めて知った。成語かどうか解らないが、体重計の目盛りに若干の齟齬が生じているということであろう。そういうことは時々あり、直すのであろうが「数へ日」を持ってきたことでこの句は生きたのだと思う。年末の切迫した日々であることや、「数」という字が入っていることなどがこの狂いを現実的にしているのである。直す暇もない慌しさが滲み出た取合せの妙である。


湯ざめして顔の小さくなりにけり     大澤 静子
 「湯ざめ」を詠んで実感の深い句だ。湯ざめの結果、いろいろな現象が生じることは詠み尽くされた感があったが「顔が小さく」なったというのは今まで目にしていない。それも「なりにけり」と断定しているのが面白いのである。鏡に湯ざめの顔を写して、しみじみそう感じたのであろう。


頭脳パンてふもの手にす初天神      白井 飛露
 そういえば、そのようなキャッチフレーズのパンがあったような記憶がある。味の素という調味料も最初の頃、頭が良くなる、という噂が流れ沢山振りかけた思い出がある。その頭脳パンが天神様で売られているのが面白い。合格祈願で賑う、道真公の天満宮だけに受験生はついつい買ってしまうのであろう。


湯気もまた組合つてゐる寒稽古      小野 岩雄
 うまい句である。その観察眼を称えたい。柔道などの武道の稽古なのであろうが、身体だけでなく、まとわりつく湯気も「組合ってゐる」というのである。物理的にはそうなのであるが、そのように詠んだ人がいたかというと、私は初見である。寒稽古の厳しさ、気合の入っている様子などもリアルに伝わってくるのである。

初日記いきほひ遺言めいてくる      上條 雅代
 一年の計は元旦にあり、などという格言もあり、日記の書き始めは、ついつい年頭の決意なども書き、字も丁寧で、表現も堅かったりする。それを「いきほひ遺言めく」と詠んだところがうまいところである。新年のおめでたい日の書き始めを「遺言」と比喩したのが俳諧である。「いきほひ」の措辞も先述の書き始めの心理をうまく描いている。


初夢を少し飾りて友に告ぐ        栗林ひろゑ
初夢の内容を聞かれて、さて本当は情無い内容であってもちょっと格好をつけておきたい‥‥そんな思いがするものである。初夢だからこその微妙な心理である。全く違うことを言うのではなく「少し」だけ飾ったところがいい。 


その他印象深かった句を次に。


寒柝の常に一打目合はぬ組        辻本 芙紗
囲む輪を拡げて高きどんど焼       守屋  明
持て成しに舌を焼かるる蕪蒸し      牧野 睦子
逸話みな温し友逝く師走かな       堀  英一
なほ頼む手足遊ばせ初湯かな       福永 新祇
母からの筆圧つよき年賀状        永山 憂仔
大寒の一戸一戸にあまねき日       中野 堯司
風邪薬受取るだけで治るやう       豊田 知子
熱燗や出世頭の筈なれど         手嶋 惠子
白菜の白の溶け入るシチューかな     髙岡  恵
潮の香のかすかに障子抜けてくる     河村  啓
好き嫌ひ言はれつつ減るごまめかな    浅見 雅江

















銀漢亭こぼれ噺



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2017/4/17 発売されました。
 





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 仕事で接した京都、
京都生まれの妻と結婚してからの京都、
俳句を始めてからの京都、
妻を亡くしてからの京都・・・・・。
京都は味わいも深みも変化させながら、
いつしか喜びと悲しみの交叉する街となってきた。
「京都」を軸に、人生と俳句について綴った
著者はじめての自伝的エッセイ。



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伊那男俳句  


 
伊那男俳句 自句自解(16)
          
  
止まるとき片羽びらきの蛍かな


 40代の頃、ずい分登山に励んだことは前にも書いた。月山には3回登っている。そのうちの下山の折であったか、田麦俣の重層民家に泊ったことがある。鶴岡と内陸を結ぶ六十里街道の途中の谷底にある。真冬には積雪が7・8メートルになることもあるという厳しい山村である。三軒ほどの萱葺民家が残っていて、目の前の田を蛍が一つ二つと舞った。塗りこめたような真の闇の中を切れ切れに点す、一つ二つの蛍のその数がいいと思った。数々の蛍を見ているが、この時の闇の深さと蛍の点景は一番印象が深い。この句はその時のものであったのか、蛍を見た数々の思い出の中から生じたものかは不確かである。ただその当時、ともかく対象物を正確に写生する、「物」だけを詠む、という訓練をしていたので、全ての背景や自分の感情を排除して詠み通したということになるの
であろう。「片羽びらき」は今から見たら常套的表現であったが「学(まね)び」の時代はこれでよかったのだと思う。

  
人去って影の濃くなる砂日傘


 「砂日傘」という季語は一般の生活で使うことはない。「ビーチパラソル」の日本語訳であり、鎌倉に住んでいた高濱虛子時代くらいから使われ始めたと思われる。この季語では〈ビーチパラソルの私室に入れて貰ふ 鷹羽狩行〉が何と言っても珠玉であると思う。私など山国育ちの者には眩しい季語である。私の句も本当はビーチパラソルで詠めたらよいのだが、そこで七音を使ってしまうと、句が纏まらないので、「砂日傘」になったのである。午後の砂浜はいつの間にか海水浴客が減っていき、日が傾きかける頃にはビーチパラソルだけが残され、人が居ない分、なぜか日陰が濃くなっていくように思われるのである。夏を惜しむ心理、心象も影響していたのかもしれない。私は泳ぎが苦手なので、たいがい海でもプールでも、ビーチパラソルの中にすっぽりと籠って本などを読んでいる方が多い。それだけにビーチパラソルには親しみが深いのである。










  
        


 



銀漢の絵はがき


挿絵が絵葉書になりました。
Aシリーズ 8枚組・Bシリーズ8枚組
8枚一組 1,000円

ごあいさつにご利用下さい。



    


















掲示板













 
             

銀漢亭日録

伊藤伊那男

1月

1月8日(日)
4時起床。大山かげもとさんの句稿再見。11時半、下北沢、大山さんを訪問し、質問や確認。駅でばったり甥の今村正俊君と会う。13時、中野サンプラザ「春耕同人句会」。あと「炙屋」にて新年会。中華店の二次会も。雨。

1月9日(月)
大山句集の跋文六枚書き、ご本人、武田さんに送る。二人の孫は各々スキー合宿から、桃子と2人の孫は スキー旅行から戻り全員揃う。改めて家族食事会。

1月10日(火)
「春耕新年俳句大会」の募集句の選約900句あり。特選句評付けて洋酔さんに返送す。ランニングマシン時速4〜5㎞にして45分。店、「宙句会」あと15人。あと堀切君といづみさんと「大金星」で慌しく飲む。高幡不動尊の川澄祐勝大僧正より「銀漢」へ基金を戴く。何とも有難く有難く。

1月11日(水)
R・M(ランニングマシーン)1時間。発行所「梶の葉句会」の選句。店「きさらぎ句会」あと9人。全体閑散。

1月12日(木)
R・M1時間。「極句会」あと11人。閑散。

1月13日(金)
R・M、時速5〜6㎞で5㎞。13時、京王プラザホテルにて俳人協会「新年の集い」に出席。堀切克洋君の新鋭評論賞を仲間で祝う。店、飯田高校の大原さんが伊那北高校の先輩お2人、法政大学の高柳先生と。伊那北の先輩のお1人は我々の時代の埋橋校長のご子息であった!  22時に閉め、堀切君他と大金星で改めて祝杯。

1月14日(土)
10時運営委員会、パスタのランチで作句。13時、「銀漢本部句会」63人。あと「テング酒場」で親睦会。やや疲れあり、帰宅してこんこんと寝る。

1月15日(日)
もしかしたら疲れは、三四日ほどランニングマシンに乗った結果であろうか。11時半のレッドアロー号で秩父へ。車中でエッセイ。「武蔵野探勝句会」の吟行会に。割烹「かつら」の猪鍋から参加。昨年、この鍋に感動して、また計画してもらったもの。朝から茹卵一つだけであったがこの鍋で力が付く。5句出し句会。19時、成城に戻ると道でばったり家族とすれ違う。焼肉屋に行くとて誘われるが、体調不良にて帰宅し風呂。

1月16日(月)
回復。R・M1時間。店「かさゝぎ俳句勉強会」あと13人。大阪から永山憂仔さん寄って下さる。対馬康子さん。

1月17日(火)
R・M1時間。店「火の会」フルメンバー13人が集まる。

1月18日(水)
R・M1時間。店「閏句会」8人。「三水会」6人。あと井蛙、展枝、いづみさんと新年会余興の打合せなど。

1月19日(木)
「あ・ん・ど・うクリニック」。R・M1時間。発行所『銀漢亭こぼれ噺―そして京都』の写真の選定。装幀の打合せなど。「銀漢句会」あと16人。事業部いづみ・井蛙さん新年会の式次第の作成など。「角川新年会」あと真砂年、山崎祐子、峯尾文世、梅田津、敦子さん……など寄って下さる。

1月20日(金)
発行所、「蔦句会」あと7人。「金星句会」あと八人。他、閑散。寒い1日。

1月21日(土)
妻命日。京都の和田ちゃんから生湯葉、伊集院静先生から線香が届く。R・M1時間。14時、日本橋「鮨の与志喜」にて「纏句会」。ゲストに「未来図」の遠藤由樹子さん。あと煮込、かぶらのあんかけ、題に出た「寒鮒」から真鮒のうま煮。あと、握り一通り。帰宅して久々に家族で食事。たん塩、ミノの焼肉。京湯葉など。

1月22日(日)
R・M1時間。午後、妻を偲ぶ会。兄夫婦、義妹夫婦来宅。河豚刺、鍋など。一眠りして俳人協会の機関誌「俳句文学館」へエッセイ。「NHK俳句」の「俳句と暮らす」コーナーへ「仕事」をテーマに二頁分。16時半まで。

1月23日(月)
R・M1時間。宮澤、京都へ一週間撮影と。昼寝。店、「演劇人句会」8人。昨日、坂口晴子さん「NHK全国俳句大会」で表彰。その坂口さん、福岡の永淵さん、半田さん来店。橋野さん3人。その他賑やか。

1月24日(火)
R・M1時間。「萩句会」選句。寒い1日。皆川丈弘さん。店閑散。

1月25日(水)
R・M1時間。店「雛句会」11人。事業部、新年俳句大会の準備で大わらわ。繁忙。

1月28日(土)
13時より、「銀漢俳句会年次総会」湯島の全国家電会館。16時、湯島天神。新年の祈禱あと新年会。私は伊那の勘太郎の扮装で入場。大盛り上がりの宴会。百六名参加。「銀漢亭」で二次会。

1月29日(日)
終日家。新年俳句大会終え、休養の1日。但し3月号の選句もまだ。夜、成城仲間の社さん一家来宅。温泉豆腐鍋、蛍烏賊生姜煮、鮪と山芋、うるい、秩父の豚の味噌漬、からすみ、とこぶし煮などでもてなす。

1月30日(月)
R・M1時間。昨日、莉子スキー合宿から戻り、今日、華子、龍正が合宿に。店、「銀化」の峯尾文世、潮田新編集長と。池田のりを、松山さんなど。近所の「都夢」閉店し、「うどの」という店が入ると挨拶あり。商売の難しい町である。

1月31日(火)
3月号の原稿、追い込み。家族の残りも今日からスキーへ。家族各々三箇所のスキー場。店、三輪初子さん店のお手伝い引退の感謝と太田うさぎさん誕生祝の会。20人程集合。「初」「うさ」の読み込みの句を持参して記帖。23時お開き。〈初場所の四股を最後に引退と〉〈酒2本うさぎ結びに寒見舞〉

2月

2月1日(水)
原稿追い込み。店、金融会社時代のオーナー、財務部長だった神村さん、N銀行の担当だった絹田さんなど同窓会。オーナーとは17年振り位か。お元気! この方が400億円の資金を拠出して会社を作ったのであった。「宙句会」あと9人。「きさらぎ句会」あと7人。

2月2日(木)
原稿。店、「十六夜句会」あと13人。大和、一斗さんゲスト。小川洋さん久々。

2月3日(金)
彗星集選評を辻本芙紗さんに送り、3月号の原稿終了。新年大会等があったとはいえ、もう少しエンジン掛けないと……。店「大倉句会」あと23人。

2月4日(土)
終日家。エッセイ集の校正。掲載写真につき宮澤と打合せなど。夜、家族で食事。1人だけスキー合宿から戻らず。生牡蠣、丹波の合鴨焼、秩父の豚肉味噌漬、新玉葱サラダ、独活のキンピラ、シャンパンなど。

2月5日(日)
1月の月次決算表作成。礼状。「鎌倉句会」「春星句会」の選句など。13時、中野サンプラザ「春耕同人句会」。「未来図」の新海あぐりさんより『満州集団自決』を戴いたので7階の「未来図」の句会場へ挨拶。鍵和田秞子先生おられて「銀漢」誌充実している、とお褒めの言葉を戴く。句会あと「炙屋」にて親睦会。あともう一軒、牡蠣蒸焼。あと1人で新宿で少々。

2月6日(月)
原田さがみさんの句集稿選。R・M1時間。6日ぶり。原田句稿を担当の多田悦子さんに手渡し。店「かさゝぎ俳句勉強会」あと13人。梅田津、峯尾文世、「銀化」編集長・潮田さん。青柳フェイ、西村和子、小川洋さんなど。ベルギーつながりの4人。

2月7日(火)
R・M50分。やや速度早め、5㎞。店、閑散。皆川文弘さん見えたので、21時半で閉めて、近所の某店に無理矢理誘い、新幹線の出る時間まで付き合っていただく。あと1人でもう一軒。新百合ヶ丘まで乗り越し。ああ……。

2月8日(水)
エッセイ集何度目かの校正。R・M。発行所、「梶の葉句会」選句。カウンター賑わうが全体もう一つ。




















           
△『漂白の俳人・井上井月』伊藤伊那男著
          
  
    






今月の季節の写真/花の歳時記



2017年4月25日撮影  御衣黄  TOKYO/HACHIOJI


 
   花言葉     「永遠」 「優美」
      
御衣黄
名前の由来は、貴族の衣服の萌黄(もえぎ)色に近いためとされています。シーボルトが愛して持ち帰ったとされ、標本が残っている神秘のサクラ、『御衣黄(ぎょいこう)』。
開いた時の花は緑色、次第に黄緑から黄色になり、花の中心部から筋状に赤くなり、ピンク色に染まって落花します。


 
エリカ カタクリ 猩猩袴 海棠 連翹  
           
紫荊 御衣黄    

写真は4~5日間隔で掲載しています。 




2017/4/25 更新



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