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2015年 1月


 1月号  2015年

伊藤伊那男作品  銀漢今月の目次 銀漢の俳句 盤水俳句・今月の一句
 彗星集作品抄   彗星集選評  平成26年優秀作品集  銀河集・作品抄 綺羅星集・作品抄 
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伊那男・俳句を読む  銀漢の絵はがき 掲示板  鳥の歳時記  銀漢日録 今月の写真



伊藤伊那男作品





主宰新年の一句
 
福寿草てふ睦まじき混み具合   伊藤伊那男
  主宰の八句
初鶏          伊藤伊那男

初鶏の精一杯の(のんど)かな 
草石蚕(ちょうろぎ)の紅一点として残る 
大船の車窓に拝む初観音
長幼の丈のそれぞれ福寿草
福寿草家族写真の真ん中に
賀詞のあと少し詫び入れ父の墓
寒垢離の誘ひこたびも聞かぬふり
ラグビーの引分けといふ泥仕合
 



    
  
 

            


今月の目次










銀漢俳句会/1月号













   

銀漢の俳句 

伊藤伊那男 

◎長岡──井月の俤を追って
 井上井月は、高遠藩年寄岡村菊叟に「わぬしはいづこよりぞ」と問われ、「こしの長岡の産なり」と答えている。また戸籍の転送手続きに長岡へ行こうと思うという自筆の手紙がある。臨終に立ち会った、元武士であった句友の霞松は、井月の絶筆に長岡藩士であったと添書きを残している。以上から長岡藩士説が有力なのだが、それ以上の決め手はない。その原因の一つに長岡が戊辰戦争の戦禍、太平洋戦争の空襲により壊滅状態となり、町の形状も変り、資料等も散逸したことがあげられる。
 井月の本を書き上げた以上、長岡の空気を吸っておかなくては、と思い立ち、十月下旬、上越新幹線に飛び乗った。到着したのは午後七時であった。駅前の広場に「長岡城本丸跡」の碑が立っているのには驚いた。城跡の真上に長岡駅があるのだ。駅前の酒場で越後の酒を飲みながら、藩主牧野家の正室つね子夫人が、藩瓦解後、酒造業を興したことを思い出した。家紋が三柏であったことから「柏露」という名で売り出したが、武家の商法ということであったかどうか、しばらくして商権を売り渡したという。店の中居さんに話すと「柏露」は今も地酒として残っているという。何とも奥床しい話である。夫人はその後、藩の婦女子に仕事を持たせるため、養蚕業に転進し、一時城跡は一面の桑畑になったという。その時の屋号も「柏屋」である。
 さて井月に次の句がある。
 
繭の出来不破の関屋の霞かな

『井月全集』には次の注がある。
 右「柏屋」の蚕大当りを寿てと題せるものには「繭の
 嵩」とあり柏屋は不明なるが、遺墨は北信に出づ。
 この件について中井三好氏は『漂泊の俳人 井上井月記』の中で、藩主牧野家への思慕の句である、と断じた。
 私もこのことが気になり、長岡での二日目は牧野家歴史資料館や中央図書館を訪ね、資料を渉猟し、柏露のこと、養蚕業のこと、屋号のことなど、間違いのないことを確認したのである。
 その後、伊那谷での井月の立ち回り先、句友、弟子などに柏屋という養蚕業者があったかどうかを洗ってみたが、今までに集められた資料からは見当らないようだ。柏屋が不明であり、遺墨が越後に近い北信濃から出たとなると、右の中井説を全面否定できないように思う。そのようなことで少しミステリアスな長岡の旅であった。

 









 



  

盤水俳句・今月の一句


伊藤伊那男
   
葱抜いて四日の土間を汚しけり     皆川 盤水

 私などはついつい美しいもの、耳目を引くものを詠もうなどと下世話な見栄を捨てきれず、技巧に走ってしまうことがしばしばである。一方、盤水先生はあくまでも地道に素直に自分の感動を淡々と吐露する作句姿勢を貫いた。この句は正月だが「汚す」という言葉がためらいなく入る。だが読者には決して汚くは映らず、新年の人々を育んでくれる土として新鮮である。そろそろ日常に戻る「四日」の季語が動かない。
                              (平成14年作『花遊集』所収)

                 
 



  
 

彗星集作品抄

伊藤伊那男選

穴惑さほど惑はぬ態で消ゆ        谷口いづみ
マヨネーズのさいごの絞り鵙高音     渡辺 花穂
北条に修羅の歴史や乱れ萩        屋内 松山
力走の母なつかしき運動会        藤井 綋一
村ぢゆうの夕日吸ひ込む柿簾       渡辺 花穂
登高にしては仰々しき装備        谷岡 健彦
初しぐれ龍馬の隠れ部屋見し間      武田 花果
産み落とす卵に早も鶉の斑        松川 洋酔
白馬は遥かなる峰花竜胆         山元 正規
閘門に整ふ水位鵙日和          松川 洋酔
落つる時やや間のありし一葉かな     植竹 節子
淡海なほ釣瓶落しの名残の朱       伊藤 庄平
鬼女の眼の湛へる闇や薪能        松原八重子
刺繡糸なかなか減らぬ日向ぼこ      武田 禪次
コスモスが揺れて励ます持久走      中村 湖童
書割の松のつぎはぎ村芝居        五十嵐京子
胡桃の実握れば拳解けば笑み       中村 孝哲
山霧や昼を火点し木地師村 萩      萩原 空木
三山に風湧きつるべ落しかな       笠原 祐子
   









       







彗星集 選評 伊藤伊那男


穴惑さほど惑はぬ態で消ゆ       谷口いづみ
 蛇は晩秋になると穴に入って冬眠する。数匹から数十匹の蛇がどこからともなく集まって絡み合って過ごす、というのだがこう書きながら、蛇嫌いの私は鳥肌が立ってきているのである。「穴まどひ」は彼岸を過ぎてからもまだ徘徊しているものをいう。この句はその本意を逆手にとってほとんど惑うことなく冬眠の穴に向かった、というもので、滑稽感を含みながら、一物仕立てでその生態を詠み切った。

  
マヨネーズのさいごの絞り鵙高音    渡辺 花穂
 取り合せ、ということを考えさせられる句である。どこまで付くか離れるかが要点だが、マヨネーズと鵙高音とは相当離れている取り合わせである。<鳥渡るこきこきこきと罐きれば 秋元不死男>を思い出すが、それよりも更に離れた取り合わせである。ただし日常生活に即した実感を持った句で印象に残る。なかなか出し切れないチューブのマヨネーズの最後の悲鳴のようなものが聞こえてくるようだ。

  
北条に修羅の歴史や乱れ萩       屋内 松山
 北条高時が自刃した鎌倉祇園山の矢倉は「腹切り矢倉」と呼ばれ、今も夕方など一人で行くといつもぞくぞくする凄味を持つ。ここにいくと供養者高倉健 の卒塔婆があったが、一体どういう関係があったのか……。その後時代が移って戦国時代の北条家もまた悲劇の歴史を辿る。そういう意味で「北条」の固有名詞が良く決まっているようだ。「乱れ萩」の季語もむしろ決まりすぎるほどの斡旋であった。

  
落つる時やや間のありし一葉かな    植竹 節子
 淮南子の「梧桐一葉落ちて天下の秋を知る」がもともとなのだが古くから好まれた季語。飛躍して「一葉」「一葉落つ」でも季語として通用するようになったものである。その一枚の落葉で秋を知る――凋落を知る、と深い意味も滲むところが魅力である。大きな葉であるだけに「やや間のありし」が現実感をもつし、深読みすれば、例えば旧家などがすぐ没落するのではなく、間を持ちながら徐々に、というような想像にも及ぶようだ。

  
村ぢゆうの夕日吸ひ込む柿簾      渡辺 花穂
「村ぢゆうの夕日」は手法としては強引だが、納得させる力を持つ。なかなか見られなくなった懐かしい日本の風景である。村中が赤く染まる瞬間である。 

  
登高にしては仰々しき装備       谷岡 健彦
 一読愉快な句である。中国の行事に由来していて登山とは違うのだが、日本では小夜山へのハイキングなどと混同された季語となった。句はその矛盾を突いた面白さ。

  
初しぐれ龍馬の隠れ部屋見し間     武田 花果
京都か鞆の浦か、わずかな時間を過ぎる初時雨がいい。 

  
産み落とす卵に早も鶉の斑       松川 洋酔
まさにそうそう、と納得する句。

  
白馬は遥かなる峰花竜胆        山元 正規
 美しく抒情の効いた句だ。大雪渓の上のお花畑を思う、

  
閘門に整ふ水位鵙日和         松川 洋酔
 安定した秋の気候を捉えた。「整ふ水位」の把握が上質。

  
力走の母なつかしき運動会       藤井 綋一
 日頃静かな母の思わぬ一面を見たのであろう。

  
淡海なほ釣瓶落しの名残の朱      伊藤 庄平
 釣瓶落しとはいえ、暮れ切らぬひと時を描いた。

  
鬼女の眼の湛へる闇や薪能       松原八重子
「紅葉狩」の鬼女が誘惑する場面か。「闇」に凄味。

  
刺繡糸なかなか減らぬ日向ぼこ     武田 禪次
そうであろう。毛糸と違って刺繡糸ならなおさら。

  
コスモスが揺れて励ます持久走     中村 湖童
走者の起こす風に揺れるのであろうが「励ます」がいい。 

  
書割の松のつぎはぎ村芝居       五十嵐京子
いかにも村芝居の一景。幹がずれていたりするのだ。 

  
胡桃の実握れば拳解けば笑み      中村 孝哲
「握れば拳」のあとの掌への展開がいい。 

  
山霧や昼を火点し木地師村       萩原 空木
木曾谷の風景などを思い出す。「山霧」で良い写生句だ。 

  
三山に風湧きつるべ落しかな      笠原 祐子
出羽三山か大和三山か、蕭条たる雰囲気を醸し出した。 

 
  

 
 

      

      
         


 
        

平成26年優秀作品集

     
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 【彗星集】
   一月   
初日記無病息災とだけ記す      松田 茂
   二月   
猪毬栗を割るや憶良の子沢山     山元 正規
  三月   
セーターのほつれたぐれば母のこゑ  渡辺 花穂
  四月   
起きがけに問はれし雑煮もちの数   中野 智子
  五月   
お手玉の代はる代はるの春の色    曽谷晴子
  六月   
鮊子の磁気の効きたる釘煮かな    山田 礁
  七月   
全きがゆゑたんぽぽの絮吹けず    唐沢 静男
  八月   
母の日や合せ鏡に母の影       渡辺 文子
  九月   
漁火か鬼火か島の明易し       高橋 透水
  十月   
風鈴の舌千転の音色かな       堀江 美州
  十一月  
白樺に影を大きくキャンプの灯    上田 裕
  十二月  
それぞれの間合を重ね虫時雨     多田 悦子

【星雲集】
   一月   
道ゆづる日傘の影を重ね合ひ     松原八重子
  二月  
富士のまた近づいてゐる今朝の冬   山下 美佐
  三月   
目貼する向かうに海の遠吠えが    大西 酔馬
  四月   
逝きし夢見しと初泣きしてくれぬ   中村 貞代
  五月   
その後の菅家を知らず梅の花     沼田 有希
  六月   
玄奘の踏みし砂かも霾れり      澤入 夏帆
  七月  
しやぼん玉とんで竹馬の友の貌    有賀 稲香
  八月   
踏青や鳥放つごと子を放つ      曽谷 晴子
  九月   
静脈の分枝さまざま更衣       森羽 久衣
  十月   
斎牛の代搔きするをためらへり    清水佳壽美
  十一月  
門火果て夕の風の色変はる      小林 雅子
  十二月  
カフカ読み了へしベンチに秋の声   結城 爽











銀河集品抄

伊藤伊那男選


畦道も観音の道曼珠沙華        東京 飯田眞理子
秋蝶や陽の高ければ高く飛ぶ      静岡 池田 華風
燈火親し江戸の絵地図へほふくして   静岡 唐沢 静男
瓜坊の振り向きざまの瞳のつぶら    群馬 柴山つぐ子
ひよつとこの下肢の力も豊の秋     東京 杉阪 大和
高窓は仏の高さ色鳥来         東京 武田 花果
都府楼の今は昔に秋のこゑ       東京 武田 禪次
竜胆や峠見えゐてなほ遠き       愛知 萩原 空木
かなかなやわが影水の肌に触れ     東京 久重 凜子
猿酒と言はれ陽気に注ぎまはる     東京 松川 洋酔
送り火にたちまち風の立ちにけり    東京 三代川次郎
篁に一水澄むや蛇笏の居        埼玉 屋内 松山










   
   





綺羅星集作品抄

伊藤伊那男選 

夕花野まだ濡れてゐる雨後の空     静岡  五十嵐京子
雑兵のそれなりの色菊人形       東京  伊藤 政三
一門に小町道風秋祭          東京  小川 夏葉
映すもの無ければ風を秋の水      埼玉  小野寺清人
わけへだてなきやうに盛る栗の飯    東京  影山 風子
上つ世の礎石へ起立曼珠沙華      和歌山 笠原 祐子
米櫃の中覗くのも冬支度        長野  北澤 一伯
重箱に繰り出す箸や運動会       東京  柊原 洋征
予期はしてをれど俄かの彼岸花     東京  畔柳 海村
高札場跡はバス停秋日傘        神奈川 權守 勝一
ひと駅を歩き足りない夕月夜      山口  笹園 春雀
武甲山武骨に高し蕎麦実る       東京  新谷 房子
一人相撲色なき風を突き倒す      東京  高橋 透水
乗り過ごしし一駅分の秋思かな     東京  武井まゆみ
新蕎麦の出る頃ならむ参詣す      東京  谷川佐和子
秋灯観音裏の小商ひ          東京  塚本 一夫
存問のさやけき電話星月夜       東京  中野 智子
もの食へばどこかに失せし秋思かな   茨城  中村 湖童
波郷句碑切字の如く露を置く      東京  中村 貞代
赤い羽根ひとそれぞれのつけどころ   埼玉  夲庄 康代

秋天のあくまで碧き夫の忌よ      東京  相田 惠子
白桃の水の化身のごとくあり      東京  有澤 志峯
末枯の順を追ひ行く百花園       東京  飯田 子貢
鶏鳴の切れよき朝や豊の秋       埼玉  伊藤 庄平
今昔を継ぎ接ぎの夢あき深む      埼玉  梅沢 フミ
みみず鳴く眼鏡の行方杳として     東京  大西 酔馬
廿歳(はたち)より古稀にゆめありいわし雲    神奈川 大野 里詩
鞆の津の路地いく曲り雁来紅      東京  大溝 妙子
茶の花や喘ぐ息もて句を記す      東京  大山かげもと
紫陽花の葉のみの庭や火山灰のせて   鹿児島 尾崎 尚子
あふむけに死力を尽す秋の蟬      神奈川 鏡山千恵子
墓参りさきほど誰か来たらしき     愛媛  片山 一行
立志とや出づる日もなき鬼の子に    東京  桂 信子
地を抉る黒き轍や刈田跡        長野  加藤 恵介
萩刈りて零るるものなき子規の庭    東京  我部 敬子
蓑虫浮く天地のあはひ計りつつ     東京  川島秋葉男
つくばひに綺羅を散らして小鳥来る   東京  朽木 直
新幹線に追ひ越されたる秋思かな    神奈川 こしだまほ
箒目にをりふし木の葉しぐれかな    東京  小林 雅子
秋日もみ合ふお神輿の三つどもゑ    長崎  坂口 晴子
うすうすと里の日集め桃吹けり     千葉  佐々木節子
草紅葉鎮守に今も土俵跡        長野  三溝 恵子
閉村の夜を仕る神楽笛         静岡  澤入 夏帆
退院の父にすつかり秋の庭       東京  島 織布
白秋や秩父甲午の総開帳        東京  島谷 高水
小鳥来て神の御座所のにぎはへり    兵庫  清水佳壽美
風伯の息するたびに飛ぶ穂草      東京  白濱 武子
大君の歌や苫屋の火の恋し       大阪  末永理恵子
ペンを持つことの安寧秋燕忌      静岡  杉本アツ子
無花果や嫁ぎて終の住処とも      東京  鈴木てる緒
信濃路の風のいろとも秋桜       東京  瀬戸 紀恵
露と消ゆされど残れる父母の声     神奈川 曽谷 晴子
退院の庭に身を置く虫浄土       愛媛  高橋アケミ
白桃を洗へどどこも濡れてゐず     東京  多田 悦子
威銃明けの鐘より先んじて       埼玉  多田 美記
萩の月維新の学び照らしけり      東京  田中 敬子
秋雨も喧嘩だんじり止められず     東京  谷岡 健彦
露座仏はいま末枯を光背に       神奈川 谷口いづみ
飴色に残る火照りや秋簾        東京  坪井 研治
触れてみる縄文土器の露じめり     神奈川 中川冬紫子
伊予遠し島を湿らす秋の雨       大阪  中島 凌雲
朝夕にきざす秋思や耳順より      東京  中村 孝哲
幕引きの子も全力の村芝居       愛知  中村 紘子
島の稲架十字架のごと仰ぎけり     東京  沼田 有希
蓑虫や風を一日の友として       福岡  藤井 綋一
光背に来世いろどる柿紅葉       東京  保谷 政孝
編み進むほどに痩せゆく毛糸玉     東京  堀内 清瀬
笑栗の地に落ちてなほ艶めけり     岐阜  堀江 美州
神籬の裏へ裏へと穴まどひ       パリ  堀切 克洋
いよいよと犬吠崎に初日待つ      東京  松浦 宗克
干し柿のすだれを通し駒の峰      長野  松崎 正
缶蹴りの鬼から昏れて木守柿      東京  松代 展枝
節榑れの手を打ちかざし盆踊      石川  松原八重子
吾亦紅独立独歩といふ風情       東京  宮内 孝子
開経偈誦すや秋声これに和す      千葉  無聞 齋
新松子朝の雀のよき声を        東京  村上 文惠
蕎麦の花渡るは風の音ばかり      東京  村田 郁子
無花果を割りつ赤心話しけり      東京  村田 重子
病室の灯火親しむ枕かな        東京  森 羽久衣
島々の陽を引き込みて檸檬熟る     埼玉  森濱 直之
この小さき虫籠といふ深き闇      愛知  山口 輝久
しまなみに島影いくつ青檸檬      東京  山下 美佐
毒茸や草の戸に雨さだめなし      群馬  山田 礁
括らるる数のひとつや吾亦紅      群馬  山田 鯉公
縄電車おしろい花を駅にして      東京  山元 正規
鳩吹くや余生の風を真向ひに      千葉  吉沢美佐枝
墨の香の澱んでゐたる無月かな     神奈川 吉田千絵子
碁敵が猿田彦役秋まつり        愛媛  脇 行雲
登高といふも墓山ひとつぶん      東京  渡辺 花穂







  











銀河集・綺羅星今月の秀句

伊藤伊那男
   

畦道も観音の道曼珠沙華        飯田眞理子
 秩父あたりの属目であろう。小さな盆地に三十四もの札所があるので、巡礼の道もあるところは畦道に近いようなものもある。「畦道は」でなく「畦道も(●)」とした助詞が大きな意味を持つ。畦道に限らず、あらゆる道は遍路である。この地域全部が仏の里である、としているのである。


高窓は仏の高さ色鳥来         武田 花果
 奈良の大仏殿,宇治の平等院――いずれも高窓は仏の顔の高さに作られている。遠くからも拝顔できる仕組みである。色鳥が来て高窓から中を覗く。きらびやかな仏像と色鳥という色彩の共演である。

一門に小町道風秋祭          小川 夏葉
過日、早蕨句会に招かれて小野路を吟行した。宿場に小野神社があり、祭が前日終って氏子衆の直会の最中であった。近江国小野村を発祥地とする小野氏には確かに小町もおり、道風もいる。篁も妹子も‥‥。小野氏にまつわる神社名から導き出した「一門に」の打ち出しは見事。


米櫃の中覗くのも冬支度        北澤 一伯
やや侘しい句で、江戸住いの頃の小林一茶などがこんな感じではなかったか、と思われてくる。飽食の時代だが、少し前の私の下宿生活時代では米の有る無しは切実であった。「冬支度」の季語で決った。 

重箱に繰り出す箸や運動会       柊原 洋征
 私の育った時代、小学校の運動会といったら児童が二千人以上いたのであるから家族を入れたら五、六千人が校庭に集まったのではないか。筵を敷き、重箱の料理を広げて昼食。「繰り出す箸」がうまいところで、大家族が一斉に箸を出す風景が如実である。それだけではなく運動会の競技に繰り出す児童の動きまで彷彿するのがミソである。

ひと駅を歩き足りない夕月夜      笹園 春雀
豊かな気持にさせてくれる句だ。名月の夕方、いつもの駅より一駅前で降りて、月を眺めて帰る。この余裕こそ人生の贅沢というものであろう。「歩き足りない」に俳人の魂がある。
 
武甲山武骨に高し蕎麦実る       新谷 房子
武甲山は秩父を象徴する山。秩父神社の妙見さんが女神で武甲山は男神。その山は石灰岩の宝庫なので年々削られていく。産業と自然保護のせめぎ合いである。そこを無意識のうちに「武骨に高し」と詠み取ったものと思われる。「ぶこ」のリフレインも効く。それでも「蕎麦実る」としたところに健気な生命力を見る。
 
一人相撲色なき風を突き倒す      髙橋 透水
神社に奉納する一人相撲である。目に見えない相手と組むパントマイムである。秋風を突き倒したりと活躍するのだが、最後は負けるのが決り。高度な技倆の句である。
 
乗り過ごせし一駅分の秋思かな     武井まゆみ
 春愁と秋思、さてどちらが重いものか。私見では春愁は対人関係が絡み、秋思は個が中心というところか。この句は「一駅分」とあるから軽度の秋思。秋思とはそれほど後を引かないもののようで、具体的である。

新蕎麦の出る頃ならむ参詣す      谷川佐和子
俳句という文芸だからこそ表現できる部分である。「花より団子」「牛に引かれて善光寺」の気分の具現化である。信仰心ももちろんあるのだが、まづは新蕎麦が動機。 


赤い羽根ひとそれぞれのつけどころ   夲庄 康代
なるほど!そのことは思い当ってはいたのだが、詠めなかった、というタイプの句である。胸に付ける人、脇に付ける人‥‥。同時出句の〈雲の端掴むつもりで登高す〉も類想のない大胆な発想と見た。 

今月の同人句には感銘深い句が目白押しであった。

雑兵のそれなりの色菊人形       伊藤 政三
波郷句碑切字の如く露を置く      中村 貞代
夕花野まだ濡れてゐる雨後の空     五十嵐京子
今昔を継ぎ接ぎの夢あき深む      梅沢 フミ
映すもの無ければ風を秋の水      小野寺清人
わけへだてなきやうに盛る栗の飯    影山 風子
上つ世の礎石へ起立曼珠沙華      笠原 祐子
予期はしてをれど俄かの彼岸花     畔柳 海村
高札場跡はバス停秋日傘        權守 勝一
秋灯観音裏の小商ひ          塚本 一夫
存問のさやけき電話星月夜       中野 智子
もの食へばどこかに失せし秋思かな   中村 湖童


     
  

    
  

 





星雲集作品抄

伊藤伊那男・選

傾きつ案山子の視線まつすぐに     東京   西原 舞
筑波嶺へ返す舳先や鰯雲        千葉   森崎 森平
恩愛や憶良このかた栗食めば      神奈川  久坂衣里子
落鮎や山のおとろへ瀬音にも      神奈川  原田さがみ
糸電話捉へし秋の声を聴く       東京   市毛 唯朗
白毫寺萩の膨らみ触れずおく      埼玉   大野田好記
小鳥来て異国の話してゐるか      東京   豊田 知子
桃を剝く布のやうなる皮引いて     和歌山  熊取美智子
折鶴に息吹き入れたる秋思かな     ヒューストン 田中沙波子
診断の言葉濁りし天の川        東京   結城 爽
燈火親し久々に書く子への文      宮城   有賀 稲香
秋灯下一日の眼鏡拭ひをり       東京   上田 裕
雁の空に澪引く日暮れかな       埼玉   戸矢 一斗
巫女が振る福鈴のごと虫すだく     愛知   松下美代子
補聴器を外す一日や小鳥来る      神奈川  宮本起代子
塗り箸を逃ぐる煮芋を追ひつむる    東京   飯田 康酔
鴨来るとみづうみに沿ふ湖西線     京都   小沢 銈三
彼岸花あちらこちらにいちどきに    静岡   金井 硯児
団栗が筆箱にゐる試験中        神奈川  上条 雅代
大仏は美男なれども秋暑し       神奈川  河村 啓
空よりも蒼き淡海の水澄めり      愛知   津田 卓
葉鶏頭激しく泣いてゐるやうな     千葉   土井 弘道
掛物の色褪せも格文化の日       東京   中西 恒雄
我が庭も小さき花野手入れせず     神奈川  長濱 泰子
とびとびの話もやみて吾亦紅      長野   守屋 明

蜩のこゑにおさるる寺巡り       東京   秋田 正美
鰐の背の如く育てしゴーヤ食ふ     神奈川  秋元 孝之
口笛の空に吸はるる秋の暮       東京   浅見 雅江
稲架掛けの父子の影の伸び縮み     神奈川  有賀 理
重盛の雅びの太刀や秋の声       愛媛   安藤 政隆
百舌鳥の声姉と暮しし十五年      東京   井川 敏夫
足取りは主役に合はせ七五三      埼玉   池田 桐人
七草寺我が菩提寺は萩の寺       群馬   伊藤 菅乃
秋うらら浮子より長い浮子の影     神奈川  伊東 岬
虫鳴くや日記のページ白きまま     東京   今井 麦
窓越しに姫路の城を探す秋       愛媛   岩本 昭三
海牛の色のあれこれ秋澄めり      千葉   植竹 節子
毬栗の落ちて丹波の日暮れかな     神奈川  上村健太郎
一羽二羽鳰来て(うみ)の動きけり      埼玉   大木 邦絵
初紅葉雨の山越す色ならむ       東京   大住 光汪
秋晴の岩にのんびり金蛇も       群馬   岡村妃呂子
藍色に暮れゆく空に秋惜しむ      神奈川  小坂 誠子
尾瀬沼の幻みたり白き虹        静岡   小野 無道
妻を得し友のはにかみ豊の秋      東京   梶山かおり
秋鯖や今日が好みの〆具合       東京   桂 説子
手に取りて意外に重き石榴の実     東京   亀田 正則
高値ふむ秋刀魚の市に声遠し      長野   唐沢 冬朱
屋根の雪舟屋泊りの旅枕        愛知   北浦 正弘
背伸して六十路を闊歩青芒       愛媛   来嶋 清子
女浅間は野菊の似合ふ姿なり      群馬   黒岩 章
寂しくて秋の夕暮寂しくて       群馬   黒岩 清女
秋簾煤けてもなほ日に向ふ       愛知   黒岩 宏行
長き夜の寝ながら仰ぐ星の数      群馬   小林 尊子
みつしりと葡萄の房の混み合へり    東京   斉藤 君子
秋日和我が肌抓る麻酔の日       神奈川  阪井 忠太
靴底の土の重みや梅雨の野良      長野   桜井美津江
文庫本栞進まぬ長き夜         東京   佐々木終吉
運動会逸る鼓動に煽る音        群馬   佐藤 栄子
秋風や浮き石わたる槍ヶ岳       群馬   佐藤さゆり
門柱の表札二つ秋麗          東京   島谷 操
あきつ群る五風十雨の碑に       埼玉   志村 昌也
浮雲の十重に二十重に稲の秋      東京   須﨑 武雄
裏門の手入れとどかぬ破芭蕉      東京   鈴木 淳子
花可憐へくそかづらと人呼べど     群馬   鈴木踏青子
落鮎の跳ねの止まらぬひとたむろ    東京   角 佐穂子
秋の夜や死に行く息を聞いてをり    愛知   住山 春人
破れ芭蕉傷に沁み入る夕日かな     東京   田岡美也子
星づく夜いづれに母のおはします    東京   髙橋 華子
こほろぎの鳴き止みてのち寝付かれず  福島   髙橋 双葉
大浅間煙吐きつぐ夜長かな       埼玉   武井 康弘
栗飯になかなかならぬ栗の意地     ニューヨーク 武田 真理子
私は悲鳴蟷螂悠々と          広島   竹本 治美
今しばししばししばしの秋簾      三重   竹本 吉弘
志賀の道花野の中に続きをり      東京   田中 寿徳
わが影を我の踏みゆく十三夜      神奈川  多丸 朝子
ふる里は遠しと思ふ秋の海       東京   手嶋 惠子
赤蜻蛉風を躱してまた止る       東京   徳永 和美
柿の実のみづみづしくも干されけり   埼玉   中村 宗男
村名の消えし奥美濃柿の秋       東京   萩野 清司
もぎ手なき柿の朱映ゆる旧街道     東京   長谷川千何子
お祝もうれしく寂し敬老日       神奈川  花上 佐都
旧街道に灯る海老江の地蔵盆      兵庫   播广 義春
紅茶の夜月のかたちの檸檬かな     東京   福田 泉
山里に説話を残し鮎落つる       東京   福永 新祇
小町井は雅に遠し秋の風        東京   福原 紀子
お隣の萩塀越しに乱れ咲く       愛媛   藤田 孝俊
卵焼提げて王子の十三夜        東京   牧野 睦子
縄跳や少しはにかむ転校生       東京   松田 茂
仕種ふと姉妹は似たり鰯雲       神奈川  松村 郁子
銅像の笑はぬ顔に小鳥来る       神奈川  水木 浩生
初夢は腓返りの痛さかな        東京   家治 祥夫
二人共聞き役となり昼の虫       群馬   山﨑ちづ子
墓にふれ語る安らぎ秋彼岸       神奈川  和歌山要子
御手綱のつなぐ観音秋の声       埼玉   渡辺 志水
秋麗巣鴨地蔵のお身拭ひ        東京   渡辺 文子








     







星雲集 今月の秀句

伊藤伊那男

    
傾きつ案山子の視線まつすぐに     西原 舞  
田を守っていた案山子も風雨に色褪せ、傾いてきたという。それでも与えられた使命を全うしようと、眼力を失わず視線は「まつすぐ」だという。句のポイントはここ!案山子という言葉には「みかけばかりがもっともらしくて役に立たない人、みかけだおしの人」という意味もあるが、いやいやそうではない、職務を遂行するのだ、という人の世に通じる含意も感じられてくるのである。一途である。さて「案山子」は悪臭のあるものを燃して害獣を追う「嗅(かが)し」からきているが、案山子の字は一体どこから出たのか、疑問のままである。 
 

筑波嶺へ返す舳先や鰯雲        森崎 森平  
 筑波山を遠望する霞ヶ浦には帆引舟漁がある。白い大きな帆を立てて公魚などの小魚を漁る。筑波山の風を受けて移動するのだ。その位置を変える様子を「返す舳先や」と捉えたのは、切れ味のいい表現である。鰯雲の取合せがよく、あの広々とした風景が読み手の眼前に広がる。
 

恩愛や憶良このかた栗食めば      久坂衣里子
万葉集の山上憶良が「思子等歌」で〈栗食めばましてしぬはゆ〉と詠んだ。栗は縄文の世から日本人のDNAを目覚めさせる食物。憶良の歌を見事に本歌取りをした句である。「憶良このかた」の措辞は一語にして核心を突いた。 


落鮎や山のおとろへ瀬音にも       原田さがみ
 落鮎の頃、川の流れも枯れ始める。冬に向うのである。山の衰えの兆しは瀬音にも反映する。「瀬音にも」の下五に余韻が籠っており、蕭条たる風景が展開する。
 

糸電話捉へし秋の声を聴く       市毛 唯朗
糸電話の捉える秋の声――とはなかなかの発想。電子化の進んだ今、子供の遊びも変化して、糸電話などといっても誰も見向きもしない時代である。だが「詩」というものはこのアナログの中から生れてくるようである。 


桃を剝く布のやうなる皮引いて     熊取美智子
桃をよく見た句だ!写生句は俳句の対象となる「物」をどこまで独自の目で観察するかにかかってくる。写生力とは、この目をいかに養うかである。「布のやうなる皮」は林檎でも梨でもない。桃でしか当てはまらないと言っていい表現である。「物」を見てその物の本意を見抜いた句である。 


折鶴に息吹き入れたる秋思かな     田中沙波子
折鶴に息を吹き入れて完成するのだが、「息吹入れたる」に折鶴に命を持たせたような趣がある。ところが、「秋思」の息であった、というのがこの句の眼目。分身としての折鶴もまた「秋思」の体である。 


大仏は美男なれども秋暑し       河村 啓
与謝野晶子が鎌倉の大仏を詠んだ〈鎌倉やみほとけなれど釈迦牟尼は美男におはす夏木立かな〉の本歌取りである。俳句は雅と俗の間の文芸だが、本歌取りに滑稽を加えたのである。美男の仏に会いに来たけれど、この秋の暑さにはまいりました‥‥というのである。読後に何とも言えないおかし味が残る。なお晶子は釈迦牟尼と詠んだが、実は阿弥陀仏である。 

 
空よりも蒼き淡海の水澄めり      津田 卓
淡海の地名がよく効いた句である。比叡山頂あたりから俯瞰した風景であろう。空よりももっと青々と水を湛えて澄み切っている。調べも美しく近江の国を詠み切った。 
 

葉鶏頭激しく泣いてゐるやうな     土井 弘道
極めて主観の強い句だが、写生派の人達も納得せざるを得ない説得力を持った句だと思う。鶏頭という字のごとく少し動物めいた植物だけに尚更実感が深まるようだ。あの真赤な色は激しく泣いている色!記憶に残る句になりそう。
 

掛物の色褪せも格文化の日       中西 恒雄
 本物ではないのかもしれないが、この古色蒼然たる状態は一種の「格」である、という。「文化の日」という何だか嘘くさい祭日だけにおかしさが増すようである。
   その他印象深かった句を次に

塗り箸を逃ぐる煮芋を追ひつむる    飯田 康酔
白毫寺萩の膨らみ触れずおく      大野田好記
鴨来るとみづうみに沿ふ湖西線     小沢 銈三
彼岸花あちらこちらにいちどきに    金井 硯児
団栗が筆箱にゐる試験中        上條 雅代
小鳥来て異国の話してゐるか      豊田 知子
我が庭も小さき花野手入れせず     長濱 泰子
とびとびの話もやみて吾亦紅      守屋 明

           


 




編集賞「受賞」


 平成二十六全国俳誌協会第五回「編集賞」を受賞して

 このたび「銀漢」が平成26年全国俳誌協会第5回「編集賞」を受賞致しましたことを、ここにご報告申し上げます。
 10月23日(木)表参道の「シェ・松尾」にて受賞式ならびにパーティ―が開催され、伊藤伊那男主宰、武田禪次編集長、馬場龍吉デザイナー、北澤一伯画伯、相田惠子、伊藤政三、大溝妙子、我部敬子、高橋透水、武田花果の10名が出席致しました。
 
 今回の選考は、初めて会員結社誌(約200誌)以外の結社誌も対象とすることとなり、五十の俳誌がノミネートされ、その内の11誌が審査委員による選考対象となりました。  受賞式では、池田澄子さん(俳人「船団」「豈」「面」所属)、伊藤一郎さん(東海大学教授・文学部長)、田中利夫さん(本阿弥書店「俳壇」編集長)の三人の審査委員よりそれぞれの審査講評が述べられました。「俳句展望」第165号に記録が掲載されましたので、抜粋して転載をさせて頂きました。

【池田澄子委員】
 
 「銀漢」は厚い本ですが派手な感じではなく、大結社ですよ――、という見栄を切ったような雰囲気がない。表紙もとても近代的、でもこれ見よがしでない。
 手を抜いている頁が皆無。重すぎず派手すぎず全部の頁が程よくお洒落でお洒落すぎていない。並んでいる作品を読みたくなるデザインによって、作品が大事にされている。主宰の句評は勿論ながら、投句して終り、自分の句を確かめて終り、ではなく、読み合っていらっしゃる。
 また例えば主宰のエッセー「井上井月」があって、それが主宰が書き続けるだけでなく、皆さんがそこに参集して、お互い読み読まれていることがとても有意義に思われた。同人による「子規散策」とか「季語の周辺」といったものも書き継がれていて、こういう所属誌は会員に待たれる筈。自分の書いたものだけでなく、他の人の作品や文章も読みたくなるに違いないと感じた。
 
伊藤一郎委員】(明治・大正の俳誌研究の専門)

 編集賞を受賞された「銀漢」は、一般の結社誌とは少し違った雰囲気を持った雑誌です。
様様な工夫がされていて、最初のぺーじから最後のページまで読ませる魅力が詰まっています。連載エッセイ「いろいろ歳時記」「せりふの詩学」「子規散策」などの散文の読みものが充実しています。井月特集も、一人一句の鑑賞文がたくさん載り、皆で創っている感じがします。競詠欄は、無記名投句からの選抜です。同人句・会員句欄ごとに選評や秀句評が付いていて、とても読みやすい。新風を吹き込む編集態度を評価しました。誌面のデザインも優れており、プロの香がすると審査会で話題になりました。受賞式で、経費の為にPCを使って自分たちでデザインしていると聞き、驚きました。

【田中利夫委員】

 俳檀全体の俳句結社数は約800社。これは月刊、隔月、季刊、年刊の合計で、大変な数となる。部数も50部~1.200部位とかなり幅がある。日本は世界に類のない詩歌大国として自慢してもよいと思う。
 全国俳誌協会の予選を経て最終選考に残った参加誌は11誌。今年から俳誌協会以外の俳誌も応募の対象になり審査の幅も広がった。会の規模によって作りは様々だが、私の選考は、
① 会の主張は明確か
② 会の活動は活発か
③ 会の俳句作品の質は高いか
④ 雑誌の編集・デザインの良さ
の四点について吟味した。
 第5回目を迎えて、「編集賞」は創刊四年目の「銀漢」、「編集特別賞」は歴史と伝統ある「白魚火」と「かびれ」が受賞となり、去年から逆転した。
 「編集賞」の「銀漢」は創刊四年目ながら、伊藤伊那男主宰の主張が明確で企画・デザイン・俳句力、三拍子揃った俳誌として、審査員三人が○を付けた。星にちなんだ彗星集・銀河集・星雲集の俳句力。そしてエッセイ、吟行記、鳥の歳時記、添削教室、文学論などが充実して、全編読みたくなる工夫があり、「編集賞」に選ばれた。

【受賞者の言葉】「銀漢」主宰伊藤伊那男

 大変大きな賞をいただき、結社をあげて大喜びをしております。創刊からちょうど4年目で、いかに会員に喜んでもらえる結社誌にするかということに重点を置きまして、これまでやってまいりました。編集長の武田禪次は当初全くの素人でしたが、今ではプロを凌ぐほどの活躍を見せております。編集部員も十人ほど。毎月かなり綿密な編集会議を行い、最後まで楽しんで読んでもらえることを一番に考えて作っています。このような励みになる賞をいただき、ありがとうございました

第1回全国俳誌協会編集賞  「遊牧」(代表・塩野谷仁)
     編集特別賞 「あすか」(主宰・野木桃花)
     「蛮」(代表・鹿又英一)
第2回全国俳誌協会編集賞、 「天為」(主宰・有馬朗人)
編集特別賞 「菜の花」(主宰・伊藤政美)
第3回全国俳誌協会編集賞  「沖」(野村研三主宰)
編集特別賞 「ぶどうの木」(杉本艸舟主宰)
第4回全国俳誌協会編集賞  「秋」俳句会 (佐怒賀正美主宰)
       編集特別賞 「雲云」 (山本千代子主宰)
第5回全国俳誌協会編集賞  「銀漢」(主宰・伊藤伊那男)
      
編集特別賞 「かびれ」(主宰・大竹多可志)
               「白魚火」「主宰・仁尾正文)











新連載 【伊那男俳句を読む】

 伊那男俳句を読む⑭      伊藤伊那男
  
  
回想―句集『知命なほ』の時代(8)    伊藤伊那男

梅窓院への埋葬の前に、京都へも里帰りさせたいと思った。一時、京都のどこかの寺へ墓を建ててもいいかな、 と思ったこともあり、京都の親戚にも相談していたのである。叔母が「大谷さんで分骨を受けつけているよ」と連絡してきた。本願寺は徳川幕府の宗教政策によって東本願寺と西本願寺に分裂している。昔、鳥辺野と呼んだあたりが西本願寺の墓地で、大谷本廟と呼ばれる。清水寺の下である。一方東本願寺は同じ東山の裾ながら八坂神社の手前が墓域で、大谷祖廟と呼ばれる。妻の実家の牧野家はこの東本願寺の墓域の高台にある。この祖廟で分骨を受け入れているのである。梅窓院への埋葬の前に少しお骨を分けておいた。お骨を分けるかどうかについても賛否の意見があるが、家族全員、分骨をしようということで一致したのであった。
京都の桜が満開になる頃の日を選んで、京都の親戚に大谷祖廟へ集ってもらい、分骨した。すぐ近くの美濃幸に席を取り、妻の京都時代の話などを聞いた。
その夜は家族で嵐山の旅館に泊った。渡月橋の川原の夜桜は凄絶であった。翌日散策した天竜寺の桜の美しさは今もありありとまなうらにある。
妻が死んだのは平成18年1月18日、久女忌と同日である。もうすぐ丸九年ということになる。私は相当年をとったけれど、妻の遺影は53歳位の時に撮った写真のままである。妻が生きているときには長女に女児が2人いた。妻の死の翌年次女が結婚した。現在、長女にその後2人の男子が産まれ、次女にも2人の男子が産まれ、3人目を懐妊中である。
妻と一緒に暮し、子供も育てあげた杉並区高井戸の家は、昨春、大規模な改装をして次女一家に譲り渡した。私が一緒に住むにしては狭いので、この際小さな部屋を借りて一人住まいをしようかと思っていた。長女から声が掛って「お父さん、嫌じゃなかったら一緒に暮そうよ」という。婿も「そうしましょうよ」ということで、住んでいる世田谷区成城の中で私のために広い家に借り替えてくれたのであった。そんなわけで、只今は7人家族で暮している。あれもこれも妻のお陰である。娘達に実にいい教育をしてくれたのである。
1年に数度京都で遊ぶのだが、新幹線で京都駅に着くと、タクシーを拾って大谷祖廟に直行して墓参するのがそれ以後の私のきまりである。

  平成十四年
豆撒くや身に一匹の鬼育て
長崎の夢に絵踏を強ひられし
利休忌の白一徹の障子かな
頼朝の墓春陰の濃かりけり
雨の夜はさびしからむに春の鴨
残る鴨二羽ゐて睦むこともなし
佐保姫の裾にひと日を遊びけり
朝寝して世に出遅れし思ひかな
ふるさとのホーム短し鳥雲に
あたたかや近江も奥の観世音


  平成十四年
落し文なかに艶書もありぬべし
しやぼん玉目の前にきて大きかり
みづからの重さに崩れ夕牡丹
紐解きて湯気もみどりの笹粽
理科室の展翅の蝶の黴にほふ
夏料理割れば香の立つ杉の箸
夜釣人しづかに声を掛け合へり
海の家どこ歩くにも軋みをり
岩木嶺の暗きへまはす大佞武多
棚経のあつけなきまで端折りけり




  


      

     


 





銀漢の絵はがき


挿絵が絵葉書になりました。
Aシリーズ 8枚組・Bシリーズ8枚組
8枚一組 1,000円

ごあいさつにご利用下さい。



    










掲示板




















鳥の歳時記

      




鴛鴦







白鳥


















     
      
          
 
  





銀漢亭日録

伊藤伊那男
9月

9月26日(火)
午前中、執筆。井月本に関する文章は九割方書き終わる。店、橋本有史さんの旬句会八人。宗一郎さん誕生日とてシャンパンで乾杯。バースデーケーキも。

 9月17日(水)
店、長崎の坂口晴子同人、「春野」の岩本さんと。岩本さんより、「先生の行状を見るにつけ心配です。倒れたら弟子が困るのですよ。他結社の者ですが、くれぐれもご自愛を」、と居住まいを正して諭される。「三水会」8人。終わって8人程で餃子屋。

9月19日(金)
「春耕」の窪田明さん、句集出版の件で池内けい吾さんと来店。打ち合わせ。小生も出来る限り協力することを約束す。松川洋酔さん、第二句集『水ゑくぼ』出版なる。奥で酔馬、展枝、小花などと出版記念会の打ち合わせ。

 9月20日(土)
昼過ぎ、成城の3家族くらいが来訪、庭で秋刀魚などを焼き始めたので私も参加し酒盛りとなる。酔って19時くらいに寝てしまう。夜中に目が覚めて少し調べものなど。よその子供5人くらいが泊まり。

9月21日(日)
終日家。久々、家族揃って早めの夕食。秋刀魚の味噌漬け、からすみ、いかのわた焼きなど。

 9月22日(月)
銀漢11月号の選句ギリギリ、取りかかる。「演劇人句会」7人。他、閑散。

10月23日(火)
休日、家族は横浜「万葉の湯」へ。いわきの古市枯声さんより秋刀魚山ほど到来。

 10月24日(水)
家の掃除につき、レジイ引退により、以前、高井戸に来てくれていた中根さんに今日からお願いする。とりあえず、毎週水曜日。雨。店、常連がカウンターを囲む。11月号選句稿、武田編集長に渡す。

10月25日(木)
「東京名物・神田古本まつり」の「本にまつわる俳句大会」大賞を杉阪大和さんが受賞。神田古書店連盟会長・佐古田さんより連絡あり。「石田波郷俳句大会」新人賞・奨励賞を、堀切克洋君受賞と、嬉しい知らせがパリから入る。「銀漢」誌が全国俳誌協会第五回編集賞受賞の知らせも入る。快挙。武田編集長万歳。「銀漢」3年間の歴史で受賞とは!何とも嬉しいできごと。「雛句会」9人。野村證券京都支店独身寮の隣の部屋にいた吉田裕先輩来店。「雛句会」の幹事・津田卓さんと同期生。

10月26日(金)
快晴。小学生3人各々遠足。杏さんのメール、「まだまだ、つわりひどく5キロくらい痩せた。いずれ食べたいもの。松茸のスキヤキ、栗ごはん、お父さんの酒粕汁、昔よく連れて行ってもらったステーキ……」と。発行所「門」同人会、そのあと「金星句会」。店、「白熱句会」(水内慶太、藤田直子、桧山哲彦、小山徳夫、佐怒賀正美、井上弘美)。「京鹿子」6名(上野紫泉さん他)その内の宮下隆さんは駒ヶ根出身、高校先輩であった!「金星句会」の中村紘子さん名古屋から来たのに急拠仕事が入り句会不参加。

10月27日(土)
「纏句会」。「ホトトギス」の今井肖子、阪西敦子さんゲスト。16人。あと、あんかけ豆腐、題の鯖味噌煮、土瓶蒸し、握り。酒は「手取川」。十八時、四谷・絵本塾ホール。ジャパトラ公演へ。本庄康代さん主幹。新作「おくのほそ道」(中村孝哲翻案)良し!帰宅して、桃子、正明と小酌。木曽御嶽山噴火!

 10月28日(日)
隣家の金木犀の大樹花盛り。窓を開けて楽しむ。「銀漢」11月号の原稿書き終わる。井月本の執筆追い込み中。

 10月30日(火)
井月本、文章の部は全部終了。あと句の解説20句程追加することに。ヘアメイクの中川さん来宅。散髪してもらう。店、昨日も今日も超閑散。

10月

10月1日(水)
「きさらぎ句会」、「宙句会」。皆川文弘さん会社仲間と。清人さん、日本酒の会あと、仲間と。

10月2日(木)
今日から天野さんに替わり今泉礼奈さんがアルバイトに入る。学生。波郷賞新人・奨励賞を堀切克洋君と共に受ける。「十六夜句会」7人。ほか何やかや賑やか。武田さん四国の珍しい野菜を何種類も。

 10月3日(金)
「大倉句会」あと十二人。久々、若菜潔君来店。野村證券、オリックス、パシフィックモゲージと三社一緒。1時、店の手伝いをしてもらったこともあり。

10月4日(土)
成城学園初等学校・幼稚園運動会。宮澤が夜中から並び席確保。孫4人にて19種目のうち11種目に出場。最後六年生の旗体操には泣く。昼で終わり。戻って酒盛り。16時くらいから5家族ほどが家へ集まりバーベキューパーティー。ああ……また。

 10月5日(日)
終日家。雨。「春耕同人句会」を休み、井月本の追加の句解説、文章校正など。夕方、親戚一家来て家でご主人の誕生祝い。

10月6日(月)
昼、台風一過の秋晴れ。発行所「かさ〻ぎ俳句勉強会」飯島晴子と。全体閑散。

 10月7日(火)
発行所、鳥居真里子さんの超結社句会へ貸し出しにて13時半に店。厨房のオイルトラップの掃除など。発行所から句会のあと6人店へ。全体閑散。

10月8日(水)
発行所「梶の葉句会」選句へ、店、超閑散。

10月9日(木)
原稿書きなどで忙殺。閑散なるも後半、高校先輩・井ノ口さん、みえ子さん、有二さんなど「新橋句会」の方々。その他で賑やかなこと。

 10月11日(土)
10時、発行所、運営委員会。昼、「いもや」の海老天。あと必ず胸焼けするのだが。午後、「銀漢本部句会」51人。あと「随一望」にて親睦会。

 10月12日(日)
井月本の校正作業。宮澤が池上本門寺お会式の撮影。家族も行くとて後を追う。宮澤は仁王門の上から撮影。20年ぶりくらいのお会式か。大混雑にて帰宅して夕食。秋刀魚の味噌漬、牡蠣のくんせい、その他。

10月13日(月)
家族がみなとみらいの「万葉の湯」に行くのに同行。10時、入場。部屋を借りて11時から酒盛りになってしまう。途中、粕谷さん一家も合流。18時、新宿クルーズクルーズにて松川洋酔第二句集『水ゑくぼ』出版記念会。台風襲来の中、超結社で120人程集まる。乾杯の辞を。余興凄い!二次会カラオケ。三次会へ。ああ……また。



    



     銀漢亭・壁の写真をモチーフに・・・。
    





今月の季節の写真



2015年1月20日撮影     黄梅     TOKYO/HATIOJI







黄梅    「恩恵」 「優美」 「ひかえめな」



写真は4~5日間隔で掲載しています
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2015/1/21更新


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