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 3月号  2017年

伊藤伊那男作品   銀漢今月の目次 銀漢の俳句 盤水俳句・今月の一句  
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 銀漢日録  今月の写真

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伊藤伊那男作品


主宰の八句

ヨコハマ        伊藤伊那男

横浜の鷗に見せに冬帽子
冬帽にふつと葉巻の香りかな
革ジャンが来てヨコハマを騒がする
冬ぬくし山の名にある英米伊
抽出しの奥負け独楽の二つ三つ
狐火の化して王子の卵焼
都鳥鳴きつぐ木歩終焉地
おほかたは下総寄りの都鳥









        
             


今月の目次





銀漢俳句会/3月号











   



銀漢の俳句 

伊藤伊那男 

萩原空木『熊野古道をゆく』出版を祝して⑴

 愛知県春日井市在住の同人、萩原空木君が『熊野古道をゆく……伊勢路とその周辺……』(風媒社)を出版した。熊野古道と呼ばれる中の一つ、伊勢路を克明に歩き、地元の人々からの聞き書きをふんだんに入れた現代の風土記でもあり、古道の案内書でもある。美しい写真が沢山入っていて、それもほぼすべて萩原君自身がシャッターを押したものであり、写真からだけでもなみなみならぬ気迫が伝わってくる。
 何が彼を動かしたのか、そのことを知ってもらうために萩原君のことを紹介しておく。長野県駒ヶ根市の出身で、私と同郷も同郷、家は二百メートルほどの距離にあり、同学年生として桜が丘保育園、駒ヶ根市立赤穂小学校、同中学校もずっと一緒であった。しかも中学生時代は新聞部部員として活動を共にする身近な存在であった。私が主に文章を書き、萩原君が几帳面な字でガリ版を切っていた。
 高校受験で私は進学校に進み、萩原君は駒ヶ根工業高校へと別れた。私は大学に進み、萩原君はオリンパス工業伊那工場へ就職した。当時この地方で一番の優良企業で、各高校とも男子は一人しか入社できない難関であったと聞く。
 ところが大学生活を送る私を見て──きっとそうだったのではないかと勝手に思っているのだが──萩原君も大学進学を志したのである。萩原君は勤務の傍らほぼ独学で勉強を続け、早稲田大学法学部に合格したのであった。そして卒業後、読売新聞社に入社し、定年まで勤めた。
 青年期はお互いに多忙でもあり、長いこと交流が途絶えていたが、四十代の前半、萩原君が数週間の研修で東京に来た時期があり、その折何度か会った。当然俳句の話をした筈で、萩原君も少し興味を持って、その後句稿を送ってきて添削して返すというようなやりとりを何度かした記憶があるが中断した。
 五十歳を過ぎた頃であろうか、病気を匂わせる年賀状を受けた。問い合わせると、中咽頭癌にかかり顎の骨を取り、脚の骨を移植したという。発声と嚥下に支障をきたし、食物もとろろ芋に絡めて流し込むというような事態になったという。そして真剣に俳句に取り組んでみたいと。
「春耕」に入会してからの萩原君の作句への傾注は鬼気迫るものがあった。上達は早く、すぐに春耕の中でも頭角を顕わした。盤水先生の期待も大きく、同人にも昇格し、俳人協会会員への推薦も受けた。そうした頃であったろうか「熊野古道をゆく」の連載が「春耕」でスタートしたのであった。
 













 



  

盤水俳句・今月の一句

伊藤伊那男

帰る雁雲井に声を競ひけり        皆川 盤水
 
日本に避寒していた雁が、春、北へ帰る。「帰雁」「雲井」と、典雅な言葉を用いた句である。「雲井、雲居」は万葉集や古事記の時代から使われており、当初は「雲のあるところ・空」として詠まれていたが、平安時代に入ると「遠く・または高くはるかに離れていること」、更には「雲の上。皇居のあるところ」などへ転じていく。そのような雅味のある言葉を使いながら「競ひけり」と現実の動きに納めたところが俳諧味である。
                               (平成十四年作『山海抄』所収)














  
彗星集作品抄
伊藤伊那男・選

雪しろの怒濤の如き米どころ       伊藤 政三
病窓に点れと磨く冬林檎         谷口いづみ
返り花校歌百年歌ひ継ぎ         五十嵐京子
一寸先の闇に十年日記買ふ        半田けい子
人形町日のあるうちの葱鮪鍋       多田 悦子
余呉の湖ほどなく揺らす片時雨      渡辺 花穂
裸木の網に懸かりし北斗星        谷口いづみ
神楽宿夜どほし釜の湯の滾る       飯田眞理子
砂山を越ゆる海鳴冬深む         笠原 祐子
いろいろの歩幅集むる雪の道       小野 岩雄
風化せし尊徳像や新松子         萩原 空木
日本のまるごとけふの小春かな      笠原 祐子
隙間風我も隙間に生くる日日       秋元 孝之
一山の鐘に急かるる冬構         山元 正規
高名乗り義士討入の日の句会       屋内 松山
月からの旅の果てなる雪兎        大野 里詩
冬夕焼一と駅の間に衰へて        小泉 良子
おでん鍋話の接ぎ穂たぐり寄せ      五十嵐京子
冬麗や秩父の山車の試し曳き       谷岡 健彦
たましひを留めてゐたる布団かな     こしだまほ











       








彗星集 選評 伊藤伊那男

 

雪しろの怒濤の如き米どころ       伊藤 政三
春の暖気に溶けた山の雪が流れ出すのが「雪しろ」。「雪汁」「雪濁り」の副季語がある。私の育った信州ではあまり実感がなく、後年新潟の信濃川の河口などを見て、なるほどと思った。きっと最上川河口など穀倉地帯も同様であろう。そのような増水した、ただならぬ様子を「怒濤の如き」の比喩で表現したのである。芭蕉の〈五月雨をあつめて早し最上川〉や、蕪村の〈さみだれや大河を前に家二軒〉に繫がる、その前兆の大河の胎動である。「米どころ」の下五の押えがいい。 

病窓に点れと磨く冬林檎         谷口いづみ
子供の頃、病気になると、林檎を摺り下してくれたことを思い出す。この句は入院のお見舞いに届いた冬林檎を手に取って磨いてみたのであろう。あたかも電球を点らせるように。単に病室を明るくするということではなく、快癒を祈る切実さが籠っているのである。 
 
返り花校歌百年歌ひ継ぎ         五十嵐京子
 日本の小学校はだいたい明治六年位から設立されている。かれこれ百四十数年前である。校歌の制定はまちまちだが、私の小学校の校歌制定は大正八年とある。何とおよそ百年前であった。〈天路を走る駒ヶ嶺や 雲間を下る天竜や……〉――と今も歌うことができる。この句「返り花」を配したことで、ふと思い出して口ずさむような雰囲気を醸し出すのである。
 
一寸先の闇に十年日記買ふ        半田けい子
戦争を経験しない奇蹟的な時代の日本に生きているが、それでも人には様々な落し穴がある。一寸先はやはり闇である。十年といえば何があるか解らない。その分厚い日記を前にした感慨であろう。それでも無事で充実した人生を願って十年日記を買う。白いページに何が書かれていくのであろうか……。

人形町日のあるうちの葱鮪鍋       多田 悦子
私にも人形町時代がある。倒産前の会社を人形町の片隅に転居した。毘沙門さんであったか、堂の路地を入ったところに葱鮪鍋の店があった。もうすぐ失業者になるんだろうな、と思いつつ鍋を囲んだことを思い出す。「日のあるうちの」がいい。下町の気分を詠み取っているのだ。 

余呉の湖ほどなく揺らす片時雨      渡辺 花穂
静かな余呉の湖面の半分だけ濡らした「片時雨」。湖面の揺れに気付くのだが、すぐに去り、また揺らす。そんな時雨の様子を湖面の変化で捉えたのである。 

裸木の網に懸かりし北斗星        谷口いづみ
欅の巨木などで見る風景。「懸かりし」で生きた。 

神楽宿夜どほし釜の湯の滾る       飯田眞理子
徹夜の神楽宿の様子が具体的で臨場感を出した。

砂山を越ゆる海鳴冬深む         笠原 祐子
日本海であろうか、厳しい冬の躍動感である。 

いろいろの歩幅集むる雪の道       小野 岩雄
 単に足跡ではなく、歩幅を出したところが効果的。

風化せし尊徳像や新松子         萩原 空木
二宮尊徳像は校庭の隅で古るままに。新松子との対比。 

日本のまるごとけふの小春かな      笠原 祐子
気象予報士の最後のまとめの言葉のような面白さ。 

隙間風我も隙間に生くる日日       秋元  孝之
やや世を拗ねたか。こんな自嘲も出る隙間風。 

一山の鐘に急かるる冬構         山元 正規
 冬が来るぞ来るぞと急かす鐘。一村の風景が鮮明。 

高名乗り義士討入の日の句会       屋内 松山
忠臣蔵は日本人の心に浸透しているな、と思う。 

月からの旅の果てなる雪兎        大野 里詩
新鮮な発想。「なる」の断定より「とも」位の方がいいか。 

冬夕焼一と駅の間に衰へて        小泉 良子
束の間に消亡さる冬夕焼の様子が具体的である。 

おでん鍋話の接ぎ穂たぐり寄せ      五十嵐京子
 食べる度に中断し又戻る話。種の多いおでんならでは。
 
冬麗や秩父の山車の試し曳き       谷岡 健彦
夜祭を待てずに綱を持つ秩父の男達の高揚感。

たましひを留めてゐたる布団かな     こしだまほ
冬だからこそか、身体と魂が離脱した気分になる布団 






  
        







  


銀河集作品抄

伊藤伊那男・選

鱈喰ふや佐渡への船を待つ町に    東京   飯田眞理子
ひとゆらぎふたゆらぎさせ大根引く  静岡   唐沢 静男
訪ひくれし人のぬくしや返り花    群馬   柴山つぐ子
散らずして茶の花さびを尽しけり   東京   杉阪 大和
軒下をはみ出す(やす)や海鼠突      東京   武田 花果
塞の神かとも秩父の霧襖       東京   武田 禪次
冬めくや力溜めゐる松の瘤      愛知   萩原 空木
喪籠りて風の声きく膝ケット     東京   久重 凜子
たましひが秩父夜祭見て軋む     東京   松川 洋酔
硝子戸の内の小春や子規の部屋    東京   三代川次郎
相続で手放す故郷一茶の忌      埼玉   屋内 松山

   
   










綺羅星集作品抄

伊藤伊那男・選 

森一つ茹づる心地やブロッコリー    東京  梶山かおり
例幣使街道を曳く焼芋屋        埼玉  多田 美記
おでん屋は錨地のごとく駅裏に     埼玉  池田 桐人
枯野とは根の国にある花野とも     愛知  山口 輝久
町師走千鳥足すら足早に        大阪  中島 凌雲
一年を拾ひ上げたる池普請       埼玉  大野田井蛙
一茶忌やはらから時に疎ましき     東京  朽木  直
吊り場所をあれこれ富士山の初暦    東京  我部 敬子
翁の日しぐれの端にゐるらしき     東京  中西 恒雄
怒髪など遠き日のこと木の葉髪     埼玉  伊藤 庄平
きしませて二階へ上がる年忘れ     長崎  坂口 晴子
新海苔の十帖を足す帰郷の荷      東京  多田 悦子
石鹸は卵の形冬至風呂         埼玉  戸矢 一斗
寄鍋の戸惑ふ蓋の置きどころ      東京  堀切 克洋
端然として義士の日の朝餉かな     神奈川 宮本起代子
片袖の途中白衣の冷たさよ       東京  森 羽久衣

白富士の真青の天を支へをり      東京  相田 惠子
健やかと記す八十路の古日記      宮城  有賀 稲香
消しゴムのかすを片づけ文化の日    東京  有澤 志峯
欠航の佐渡に昼の灯波の花       東京  飯田 子貢
九体寺の日晒しの扉や冬はじめ     静岡  五十嵐京子
冬ざるるここも廃線予定駅       東京  伊藤 政三
蜜柑熟れずり落ちさうな山の裾     神奈川 伊東  岬
水を汲む後ろも落葉続きをり      東京  上田  裕
あたたかや小爪の半月見て楽し     埼玉  梅沢 フミ
顔見世の入り待ち出待ち仁左衛門    東京  大西 酔馬
雪吊りの百萬石を支ふる張り      神奈川 大野 里詩
花の黄をほろとはがれて冬の蝶     東京  大溝 妙子
小春日や回転扉より出され       東京  大山かげもと
晴れつづく稲架の匂ひや一番星     東京  小川 夏葉
軋ませて斧を抜き取る冬の森      宮城  小田島 渚
山眠る寝息かすかに幣ゆらし      埼玉  小野寺清人
初電話母かと思ふ姉のこゑ       神奈川 鏡山千恵子
冬耕の鋤き込む昭和艶歌かな      東京  景山 風子
藁塚の動き出すかに古戦場       和歌山 笠原 祐子
水音の途切るるところ冬の滝      愛媛  片山 一行
潔白で生きねど白き息を吐く      東京  桂  信子
灯油注ぐ手の震へたり冬の土間     長野  加藤 恵介

とぐろ巻く床のコードに冬日かな    高知  神村むつ代
八方をマスクの囲む車中かな      東京  川島秋葉男
堅炭の金属に似た音出だす       長野  北澤 一伯
冬菜畑廻してバスの向きを変ふ     東京  柊原 洋征
凍星のひとつや地球てふ星も      神奈川 久坂依里子
凭れたる柱に角や一茶の忌       東京  畔柳 海村
一升瓶かかへ加はる神楽かな      神奈川 こしだまほ
遠き日々甦らせて置炬燵        東京  小林 雅子
一行で足る日の多き日記果つ      東京  小山 蓮子
坪庭に青空遠し青木の実        千葉  佐々木節子
ストーブに束の間翳す十指かな     長野  三溝 恵子
干蒲団ひとりで泊るといふ子かな    東京  島  織布
伊豆急に乗ればたちまちみかんの香   東京  島谷 高水
障子窓庭を四角に切り取りぬ      兵庫  清水佳壽美
冬山のロッジに置かるブッセの詩    東京  白濱 武子
まあまあの一世納得古日記       東京  新谷 房子
幸村の采配の先冬紅葉         大阪  末永理恵子
縁側に幸せのある小六月        東京  鈴木 淳子
円卓に開く菜単七五三祝        東京  鈴木てる緒
木の葉舞ふ話の結末聞きそびれ     東京  角 佐穂子
神無月谷戸の鴉は威を振るひ      東京  瀬戸 紀恵
稲束を天に投げたる父の声       東京  曽谷 晴子
叙勲額位置を占めたる冬座敷      愛媛  高橋アケミ
枯園や人の形に脚立錆び        長野  高橋 初風
弥彦見ゆ干大根の間より        東京  高橋 透水
ゆふぐれのやうな昼時雪ぼたる     東京  武井まゆみ
凍雲のそのままの色うつす池      東京  田中 敬子
大向うまで顔見世の花吹雪       東京  谷岡 健彦
虚子庵址このあたりかと鰯雲      東京  谷川佐和子
夜語りに埋れ火ひとつ掘りあてぬ    神奈川 谷口いづみ
冬ぬくし舐むる切手の甘さかな     東京  塚本 一夫
塾帰り母焼く餅のふくらめり      愛知  津田  卓
散る柳浴び墨堤の蹴とばし屋      東京  坪井 研治
風止みて寂光に佇つ枯芒        神奈川 中川冬紫子
大根干す母や光の中にゐて       東京  中野 智子
行く年の堰なき流れ江戸川区      東京  中村 孝哲
数へ日のぐるぐる回る駐車場      茨城  中村 湖童
懐かしの卓の輪じみやおでん酒     埼玉  中村 宗男
袴の朱たなびき来る神楽巫女      東京  西原  舞
雛一切を水底に秘めなゐの海      東京  沼田 有希
北溟の鱈場を尖る風のこゑ       東京  橋野 幸洋
谷戸奥の篠を揺らして虎落笛      神奈川 原田さがみ
醍醐水賜ばる閼伽井や山眠る      兵庫  播广 義春
座禅組む夕べは雪となる気配      東京  半田けい子
枯葉ひと葉によろこびもかなしみも   東京  保谷 政孝
ひと齣は猫に残して障子貼る      東京  堀内 清瀬
繰り返す終業の曲暮早し        岐阜  堀江 美州
ストーブの上を陣取る大薬缶      埼玉  夲庄 康代
軸「無一物」臘八粥の鍋滾る      東京  松浦 宗克
巫女のふる鈴の音神の山眠る      東京  松代 展枝
小春日を積み残し行く荒川線      東京  宮内 孝子
関東の青天井よ空つ風         千葉  無聞  齋
茶道具のおのおのに銘実南天      東京  村上 文惠
冬晴の日に和みての余生かな      東京  村田 郁子
冬日さすノーベルの街石の街      東京  村田 重子
振り降ろすだけの冬耕あかね雲     千葉  森崎 森平
一山の動くが如き落葉時        埼玉  森濱 直之
開戦忌富士が二番でありし頃      東京  山下 美佐
木の葉雨火の山裾に火の粉めく     群馬  山田  礁
神渡しいつしか風の音のみに      東京  山元 正規
単眼の顕微鏡あり素十の忌       神奈川 吉田千絵子
ひつそりと古墳の眠る蜜柑山      愛媛  脇  行雲
ハンドベルに冬星みんな勢揃ひ     東京  渡辺 花穂


















     







銀河集・綺羅星今月の秀句

伊藤伊那男

森一つ茹づる心地やブロッコリー     梶山かおり
ブロッコリーを「森」と見立てた眼力は只事ではない。鍋で茹でただけのことなのだが「森一つ」茹でる心地であるという。この飛躍は鷹羽狩行の〈摩天楼より新緑がパセリほど〉を思い出させる凄さである。句会に出た時、私は気になりながら、ブロッコリーが季語であるかどうかに疑問を持ち取らなかった。選評の折に季語だと聞き、それなら見事!と答えた。手許の講談社版にはカリフラワーの副題としてブロッコリーがあった。角川俳句大歳時記には例句が二句あるが、遥かに掲出句の方が上である。 

例幣使街道を曳く焼芋屋         多田 美記   
「例幣」は朝廷から毎年の決まりとして神に捧げる幣帛を言い、「例幣使」はその勅使。江戸時代は日光東照宮への勅使を言った。要は日光街道のことであるが、そこを勅使ではなく焼芋屋が通ったというのである。そのギャップがこの句の眼目であるが、これほどのギャップには拍手を送るしかない。そもそも俳句が和歌と分かれたのは庶民の目――俗――に重きを置いたところからである。その意味で俳句の原点といえる作り方であると思う。

おでん屋は錨地のごとく駅裏に      池田 桐人
 酒飲みの私の心に灯りを点してくれる句である。サラリーマン時代もさんざん酒を飲んだ末、自宅のある駅前のおでん屋台に寄る。わざわざ背中を寒風に晒しながらコップ酒を飲む。妻から、暖かな家に戻って飲む方がいいでしょうに……と言われても違うのである。この句の「錨地のごとく」にはたと膝を打ったのである。そう、おでんの屋台は男の錨地(船舶が碇泊する所)なのである。寄港するしかないのである。

枯野とは根の国にある花野とも      山口 輝久
古事記の出雲神話には「根の国」がある。素戔嗚尊が居た所で「黄泉の国」とも「根の堅洲国」ともいう。現世とは別の世界だが、日本人の精神構造を形成する世界である。この句はそうした精神風土の具現化ともいえよう。蕭条とした枯野が実は根の国では花野であるという。俳句でここまで踏み込むことができたことを称えたいと思う。
町師走千鳥足すら足早に         中島 凌雲
「師走」は日頃落付いている僧侶もあちこちと忙しく走り回るところからの異称だという。この句、酔客さえもどことなく忙し気だという。「千鳥足すら」がうまいところで、十二月の街の様子が如実である。思い起こせばバブル期であったか十二月はほとんど忘年会で埋まり、日程が合わない日は二つ掛持ちで入ったなどということもあった。 
一年を拾ひ上げたる池普請        大野田井蛙
冬の池の水が涸れた時期に池を干し、塵芥や落葉を拾い、水の出入口を直し、また魚を収穫したりする。京都嵯峨野の広沢池では鯉を揚げて売り捌くことで知られている。そのような一連の・作業を「一年を拾ひ上げたる」の惜辞でまとめたところが手柄である。「一年を」が眼目・
 
 一茶忌やはらから時に疎ましき     朽木  直  
一茶の人生がよく出た句であり、それを自己の生活にも引き付けて詠んでいる佳品。一茶の財産に対する執着は溜息の出るほどの凄さである。自分が居ない間に実弟が増やした財産まで配分を要求したのであるから尋常ではない。それだけ苦杯を嘗め続けた人生だったのであろう。この句は「時に」とあるところが救いであり、俳諧味である。

吊り場所をあれこれ富士山(ふじ)の初暦     我部 敬子  
 富士山の絵か写真のカレンダーであろう。好みのものが手に入ったのである。さてどこに掛けようか、と家の中のあちらこちらと持ち歩く。新年を迎える浮き立つような気分があり、あたかも富士山そのものを吊すような表現に持ち込んだところが句のうまさで駘蕩たる気分が漂う。

翁の日しぐれの端にゐるらしき      中西 恒雄
芭蕉忌は時雨忌とも言ひ、この句は二つが混じっているという言う人も出るだろうが、構わない。句意から見て必然性のある表現であるからだ。「しぐれの端にゐるらしき」は俳句の縁の裾野に自分もいるのだな。という感慨である。

  その他印象深かった句を次に
  

怒髪など遠き日のこと木の葉髪      伊藤 庄平
きしませて二階へ上がる年忘れ      坂口 晴子
新海苔の十帖を足す帰郷の荷       多田 悦子
石鹸は卵の形冬至風呂          戸矢 一斗
寄鍋の戸惑ふ蓋の置きどころ       堀切 克洋
端然として義士の日の朝餉かな      宮本起代子
片袖の途中白衣の冷たさよ        森 羽久衣





      




           

 
 





 
星雲集作品抄
伊藤伊那男・選
秀逸
秩父夜祭にはか仕立ての神馬かな    埼玉   大澤 静子
裏年の二つばかりを柚子湯とす     東京   福原 紀子
お日さまの秘蔵つ子蜜柑摘みにけり   東京   大沼まり子
とりどりの思ひのかけら毛糸編む    東京   宮田 絹枝
日当たりの中の暗さや花八手      東京   今井  麦
肩書を捨て凩に踏み出せり       東京   辻  隆夫
いわし雲近況問はれ小さき噓      福島   髙橋 双葉
蕪村忌や筑波嶺二つ不二ひとつ     東京   福永 新祇
まじめさの心の裏や漱石忌       東京   須﨑 武雄
木の実落つ後ろの正面だあれ      千葉   白井 飛露
冬耕の余慶となりし忘れ藷       埼玉   志村  昌
童話聞く薪ストーブの小窓の火     神奈川  有賀  理
白子よりぞんざいに鱈競られけり    神奈川  上條 雅代
剝製の鳥の影ある冬座敷        神奈川  上村健太郎
千枚漬薄紙めくる箸さばき       東京   秋田 正美

消しゴムで消せぬ一と言鰯雲      東京   浅見 雅江
国旗熨す明治の祖母の年用意      埼玉   今村 昌史
衆目を引き摺つてゆく七五三      埼玉   小野 岩雄
色で明日占ふ道の返り花        長野   唐沢 冬朱
うたた寝に一つ二つと除夜の鐘     東京   佐々木終吉
白鳥もスワンボートも浮かぶ池     東京   辻本 芙紗
熱燗やさめざめと雨降る夜は      長野   馬場みち子
暖簾越し酸茎の匂ふ社家の道      京都   三井 康有
逆光の車窓丸ごと蜜柑山        神奈川  渡邊 憲二
     


星雲集作品抄


遊ぶ子のひとりづつ抜け日短      埼玉   秋津  結
隙間風会議の空気入れ換へる      神奈川  秋元 孝之
温かし父の残せしちやんちやんこ    愛媛   安藤 政隆
岬の先の岬まで蜜柑山         東京   井川 敏夫
パンの香に師走の駅の足緩ぶ      東京   生田  武
寒雷を遠く聞きたる九品仏       神奈川  伊藤やすを
時雨てもぬれて行きたし父母の里    愛媛   岩本 昭三
凍蝶や子の間際とも掌につつむ     埼玉   大木 邦絵
声響き追ふ子逃げる子雪合戦      群馬   岡村妃呂子
指さきの熱失ひつ毛糸編む       東京   岡本 同世
灯台の光一閃冬岬           神奈川  小坂 誠子
春隣尋ねて元町三ノ宮         京都   小沢 銈三
畳まれし跡の温みや敷布団       静岡   小野 無道
溶岩が根を張りめぐらせる枯野かな   静岡   金井 硯児
耳澄まし越中に聴く鰤起し       東京   亀田 正則
釣竿の輪に入り込む雪の富士      神奈川  河村  啓
眼鏡曇る湯気の向かうに関東煮     長野   神林三喜雄
雪間から松葉のぞけり光堂       愛知   北浦 正弘
敷松葉谷を丸ごと覚園寺        神奈川  北爪 鳥閑
柚子湯出て香も息災も身にまとひ    東京   絹田 辰雄
冬の夕苫屋に下がる漁具の影      和歌山  熊取美智子
裸木となり紛れなき大欅        神奈川  栗林ひろゑ
秋叙勲人生に華少し添へ        愛媛   来嶋 清子
ビル風がスーツ通りて冬めけり     愛知   黒岩 宏行     
(つぐ)(はる)の肌透く裸婦画水仙花       東京   黒田イツ子
身ほとりの人みな温和返り花      神奈川  小池 天牛  
青木の実まばらと見えて重たげに    東京   小泉 良子
初雪のベール纏ひて遠浅間       群馬   小林 尊子
明日も又心ときめけ冬夕焼       神奈川  阪井 忠太
冬田剝ぐごとく飛び立つ群雀      長野   桜井美津江
そこここの畑から煙冬仕度       群馬   佐藤 栄子
山国へ枝ごと届くみかんかな      群馬   佐藤かずえ
花嫁を囲む写真や冬ぬくし       群馬   佐藤さゆり
はんぺんの膨れに膨れおでん鍋     東京   島谷  操
毛糸編む喜ぶ顔の嬉しくて       東京   清水美保子
天辺の届かぬ柚子の輝けり       群馬   鈴木踏青子
底冷えに面を打ちたる気合かな     愛知   住山 春人
暫くは食ふ寝る基地や我が炬燵     埼玉   園部 恵夏
初時雨映画をまねて濡れて行く     東京   田岡美也子
大根の煮えて琥珀へ変はりけり     山形   髙岡  恵
短日や少し残せし庭仕事        埼玉   武井 康弘
北斎のここに生きたり浮寝鳥      東京   竹内 洋平
又すぐに溜りさうなる落葉掃く     広島   竹本 治美
椅子席にひそひそ上る冷気かな     三重   竹本 吉弘
道筋に今日も笑顔を木守柿       東京   田中 寿徳
パドックの中はイギリス冬帽子     東京   田中 哲也
ふと目ざめ時雨の音と聞きにけり    神奈川  多丸 朝子
折れて立つ真田の池の蓮の骨      大阪   辻本 理恵
地下道を過りし落葉終電車       東京   手嶋 惠子
初霜や上着に残るしつけ糸       東京   豊田 知子
ビル風に双手をかざす冬帽子      神奈川  中野 堯司
さらさらと紅葉散りたる夕辺かな    神奈川  長濱 泰子
からかぜに二着馬券をかかげをり    大阪   永山 憂仔
潮騒と千鳥奏でる交響詩        神奈川  萩野 清司
古畳ほぐし鋤き込む冬田打       広島   長谷川明子
仔犬にも名前がついて冬うらら     東京   長谷川千何子
初雪や防虫剤の臭ふシャツ       神奈川  花上 佐都
山茶花のこぼれつぎたる夜の幾度    長野   平澤 俊子
子の唄ふきらきら星や年忘       愛知   星野かづよ
野水仙爪木岬の風恋ひぬ        東京   星野 淑子
群青の淵鳰どりの浮寝かな       神奈川  堀  英一
路地奥のマリア灯籠笹子鳴く      東京   牧野 睦子
見上げれば紅葉重なる切通し      神奈川  松尾 守人
老人の話はめぐる花八手        愛知   松下美代子
一つづつ消し年の瀬を身軽にす     神奈川  松村 郁子
裏山に鉈一挺の年木樵         神奈川  水木 浩生
殷賑の陰を集めて寒鴉         東京   宮﨑晋之介
満ち潮に石蓴洗ひし厳島        広島   村上 静子
峠道雪やも知れず念を押す       長野   守屋  明
冬の朝見て見ぬふりの血圧計      東京   八木 八龍
うららかや船大小の瀬戸の海      東京   家治 祥夫
野良猫がなでられに来る日向ぼこ    群馬   山﨑ちづ子
大鍋にしかと味しむ大根焚       東京   山田  茜
肉よりも葱の滋養を母の説く      静岡   山室 樹一
三峰山
狼の気力満ちたる神の留守       埼玉   渡辺 志水
歳晩の手帳や苦楽記しもして      東京   渡辺 誠子
百合鷗観光船を招き飛ぶ        東京   渡辺 文子













星雲集 今月の秀句

伊藤伊那男

秩父夜祭にはか仕立ての神馬かな     大澤 静子
伊勢神宮クラスだと神馬も養育しているのであろうが、普通は祭のために馬を借りてくる。この祭でも境内に飾り立てられた神馬はどこからか調達してきたのであろう。神々しい出立ながら「にはか仕立て」と断じたところが滑稽の目である。同時出句の〈裸木の捨つるものなき勁さかな〉も全てを無にした上での強さ、という人の世にも通じる普遍性を詠んだところがいい。

裏年の二つばかりを柚子湯とす      福原 紀子
 庭から捥いだ柚子なのであろう。裏年で収穫が少なく、二個位しか成らなかったのである。淡々とした身辺詠だがそれだけに句からは飾らない実感が滲む。それなりの満足感も感じられるのである。同時出句の〈冬窓へ自問自答の顔写す〉は読後に短編小説のような余韻が残る。

とりどりの思ひのかけら毛糸編む     宮田 絹枝
昔はどこの家でも毛糸を編んでいたことを思い出す。セーター、マフラー、手袋も母や姉が編んでくれた。だが今はほとんど見かけることがない。色の違う毛糸の編み込みや模様付けなどを「とりどりの思ひのかけら」と見たのであろう。手編みの本意があるように思う。同時出句の〈過ぎし日の縷々と浮かべり柚子湯の香〉も同様で、読者は上質の抒情に浸るのである。 

いわし雲近況問はれ小さき噓       髙橋 双葉
 いわし雲の例句では、私は〈鰯雲人に告ぐべきことならず 楸邨〉〈妻がゐて子がゐて孤独いわし雲 敦〉などが好きである。心境を詠みたくなる季語である。この句も同類の作者の微妙な心の動きを詠み留めた秀逸である。季節の変り目を知らせる季語との配合が味わいである。

蕪村忌や筑波嶺二つ不二ひとつ      福永 新祇
二つの固有名詞、いや蕪村を入れたら三つになるか、を入れて、数字も三つ入れた巧みな技法の句である。高さは二千メートル違うのだが、当時の江戸の町からは、この二つの山が鮮明に見えたという。蕪村は日本橋の近くに住んだことがあり、また放浪の時代、筑波山麓にも住んでいた。そこを踏まえているので、これらの地名が動かないのだ。同時出句の〈孫の数父母に追ひつき年暮るる〉もほほえましい。 

木の実落つ後ろの正面だあれ       白井 飛露
 おおらかな、童心を誘う句である。子供の頃そんな遊びをしたものだ。おそらく作者は幼時を思い出しながら「後ろの正面だあれ」と呟いたのである。振り向くと人がいるわけではなく木の実が落ちるばかりである。その一抹の淋しさが句になった。同時出句の〈梟の見まはす二百七十度〉も面白い視点の句だ。梟の首の回る範囲がその角度なのであろうか。いづれも無心な詠みぶりなのが良い。

冬耕の余慶となりし忘れ藷        志村  昌
 冬耕を詠んで珍しい句となった。冬、除草の効果や土壌の除菌などを目的に耕す。客土をすることもある。その途中、秋に採り残した藷が転がり出たのである。「おお、これはもっけの幸い」と喜んだのが「余慶」の措辞である。「忘れ藷」とまとめたところもうまい。

童話聞く薪ストーブの小窓の火      有賀  理
 私の思い出では教室のストーブ。最初の頃は薪であったか‥‥その内に石炭に変ったか‥‥。どちらにしても焚口の小窓から真赤な火が見えた。私はその小窓から理解不能の化学の教科書を焼べて先生に見つかった。さてこの句は別荘という趣き。静かな団欒のひとときである。家族の目がストーブの小窓に集中している感じがいい。

剝製の鳥の影ある冬座敷         上村健太郎
 冬座敷の実感の深い句だ。よく外を飛ぶ鳥の影が障子に映るというような句は目にするが、こちらは動かない鳥の影である、雉子か何かの見映えのする鳥の剝製であろう。動かない影が静謐な冬座敷を象徴しているようだ。同時出句の〈佳きことのいくつかありぬ年忘〉も素直な実感。人生はそれ位の幸せの数で続いていくのだな、と思う。
その他印象深かった句を次に。

消しゴムで消せぬ一と言鰯雲       浅見 雅江
国旗熨す明治の祖母の年用意       今村 昌史
衆目を引き摺つてゆく七五三       小野 岩雄
色で明日占ふ道の返り花         唐沢 冬朱
うたた寝に一つ二つと除夜の鐘      佐々木終吉
白鳥もスワンボートも浮ぶ池       辻本 芙紗
熱燗やさめざめと雨降る夜は       馬場みち子
暖簾越し酸茎の匂ふ社家の道       三井 康有
逆光の車窓丸ごと蜜柑山         渡邊 憲二


















新年俳句大会



2017年1月28日




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2017/1/28 湯島・家電会館・年次総会・記念スナップ



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伊那の勘太郎
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伊那男俳句  


 伊那男俳句 自句自解(15)
          
  
大仏の背山に出たる探梅行


 学生時代、鎌倉に友人がいたので、よく訪ねた。友人の家は酒屋で、ある時父上が、薪能を見るかい?と配達の車に乗せてくれて鎌倉宮に酒を届け、そのまま裏口から薪能の会場へ入れてくれた。だが正直に言うと、能の動きの緩慢さが眠気を誘うだけであった。また立原正秋などの鎌倉の文人が行くという酒場に行き、勘定が足りなくて、友人の母上に泣きついたこともある。そんなわけで度々鎌倉へ行ったけれど、神社仏閣は知らず、歴史についてもぼんやりとした概念しか無かった。だが俳句を始めてからは鎌倉が俄然と違ってきたのである。この狭い土地に歴史の痕跡が折り重なっており、興味の尽きない土地になった。日帰りで行けるし、行く度に新しい発見がある。今も私の俳句のホームグラウンドである。鎌倉をかまどのように囲む山は今、ハイキングコースになっている。この句は北鎌倉から鎌倉山へ繋がる大仏コースから、大仏の背中を覗めた折の嘱目である。

  
獅子独活の花の先なる念珠関

 盤水先生が出羽三山にしきりに通うようになった頃、私は俳句を始めた。南谷林道に「雲の峰」句碑、三光院前に「河骨」句碑、湯殿山参道に「残雪」句碑が建立された。また林間学校と称して勉強会もあり、私も度々訪れることとなった。その訪問の度に新幹線で新潟に出て、羽越線に乗り替えて鶴岡に行く。空路を使ったこともあるが、何といっても羽越線の車窓から海を見る時間が好きである。電車が温海温泉に近づく頃、海側に「念珠関」の表示が見える。「鼠ヶ関」とも書くが、平安時代から室町時代にかけて、勿来関、白河関と並ぶ奥羽三関の一つである。下車したことはないが、この標識を見るたびに、はるばると奥州に来たのだな、と感慨を深めるのである。折しも背の高い獅子独活の花があちこちに咲いていた。関東地方では山地でしか見かけない花が、ここでは海の際に咲いているのである。その先の岩山あたりが関所跡であるか……固有名詞に歴史の感慨を籠めた













  
        


 



銀漢の絵はがき


挿絵が絵葉書になりました。
Aシリーズ 8枚組・Bシリーズ8枚組
8枚一組 1,000円

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掲示板
















 
             

銀漢亭日録

伊藤伊那男

12月

 12月22日(木)
9時、「あ・ん・ど・うクリニック」。血液検査の結果聞く。血糖値危険水域、いや若干越えたと。「昨夜は夜中一時過ぎに、牡蠣フライ3個、白子のポン酢で日本酒……うどん少々」と答えると、「確実に糖尿病の道を目指していますね!」「正月休みにゆっくりと考えて下さいネ」と。店は年内営業最終日。三輪初子さんアルバイト最終日とて常連がプレゼントを持って。法政大学の高柳先生3人。仲間がその3人に俳句を作らせている。22時、無理矢理閉めて帰宅。孫の亮ちゃん結局インフルエンザと! 山形の菅原庄山子さん逝去の報。ご家族より入る。93歳と。「銀漢」誌の支援者であった。昨年、「銀漢」で羽黒訪問の折り、自分で車を運転して大量の庄内柿を届けて下さったのが、お目に懸かった最後であった。先月も「松例祭」の資料を送って下さったばかり……。深謝。

 12月23日(金)
4時半起床。品川発6時半位の新幹線に乗車。朝日を浴びた富士山に1年を感謝! 名古屋できしめんの朝食。仲間と合流して近鉄で「忍者修行の里 赤目四十八滝」へ向かう。雨中ながら見応えあり。駅に戻って3駅先の榛原にて東吉野村「天好園」迎えのバス。大宇陀かぎろひの丘万葉公園、丹生川上神社、石鼎庵(原石鼎旧居)などを巡り、17時、天好園。「たかすみ温泉」に浸かり、18時半、5句出句締め切り。朝妻力さん入れて27名。夕食は、茨木和生先生差し入れの鮒鮓。例の超のつく特上品。しみじみと近江の味。電話でお礼。鯉の洗い。猪鍋の脂味のうまいこと! 熱燗に風邪が吹き飛ぶ思い。2回目の句会の人を残し、22時、地図を拡げながら寝る。

12月24日(土)
6時半、皆は近くの大山祇神社へ。散策の様子を布団から見送る。朝食うまし!茶粥一、ごはん二。芳名帳求められ〈宇陀も奥冬靄に浮く屋敷神〉。天好園のバスにて長谷寺へ。菅原道真公を祀る與喜天満神社。元伊勢の一つであったかもしれない地。正午、長谷寺山門で今日から参加の方々も合流。草餅の昼食。あと、雄略天皇の故地、白山神社(朝倉宮伝承地)まで歩く。更に舒明天皇陵を訪ね、今日の行程終了。二上山に沈む夕日を見ながら奈良へ。「ホテルフジタ奈良」に荷を解き、すぐ「蔵」へ。蔵貸し切りで35名。五句出し句会。料理良し。酒は「風の森」。23時就寝。

 12月25日(日)
6時に集合し、春日大社参拝。戻って朝食。茶粥良し。8時過ぎの近鉄にて信貴山へ向かう。23人。胎内くぐり、祈禱凄い。参道の食堂で五句出し句会。近鉄をつないで井蛙さんと京都へ。17時、いつもの店。和田ちゃん、川村悦子さんと待ち合わせ。ぐじ、牡蠣。刺し身は特によこわが佳し。鉄皿その他その他。あと宿の「からすま京都ホテル」のバー。23時就寝。健全!

12月26日(月)
曇天。ホテルで朝食。9時半、八坂神社に井蛙さんと待ち合わせ。石塀小路、東寺の塔などを散策し、大谷祖廟の妻の実家の墓などにお参り。長楽寺を訪ね、一遍上人像に感激。12時、聖護院の「河道屋 養老」で浅酌。旅を終える。

12月27日(火)
終日、原稿書き。家族は軽井沢。夜、宮澤が戻る。莉子が群馬県鹿沢のスキー合宿から戻る。3人で「韓国料理 李朝」でサムゲタン、プルコギ、チヂミなど。マッコリ。

 12月28日(水)
4時起き。集中して2月号の原稿全部書いて各担当者に投函。店の12月の月次表作成。

 12月29日(木)
雑用。1時、新宿駅に武田さんと落ち合い、私のエッセイのゲラ刷りを受ける。一部、吉田類さんに送り、校正など。18時、亀戸駅に水内慶太さんと待ち合わせ。「すし屋の弥助」にご招待いただく。巨大カラスミ、毛蟹、きんき煮付け、のどくろ一塩、鮑バター焼き……なんとも凄い寿司店。22時帰宅して娘夫婦と小酌。

 12月30日(金)
7時8分、東京駅発とき、「特急いなほ」を乗り継いで鶴岡。武田禪次、柊原洋征。武田さんの令嬢菅原真理子さんの車で「寝覚屋半兵衛」。麦切と蕎麦合盛りで竹の露。あと酒田の南洲神社へ。丁度、荘内南洲会の阿曽昇常務理事がいて、柊原さんが鹿児島出身だというと記念館を開けてくれる。庄内藩と西郷さんの関係資料を見ながら説明を受ける。感銘多々。「ホテルルートイン鶴岡駅前」に入り、2時間昼寝。18時、「知音」の行方克巳、梶山かおり夫妻、真理子さんのご主人とで「韓国家庭料理 ミョンドン」へ。チヂミ、プルコギ、チャプチェ、ナムル……マッコリもうまい。あと近くのバー。鶴岡発祥というカクテル「YUKIGUNI」など。各々の話が面白い。

 12月31日(土)
10時発。玉川寺の雪の庭園。「羽黒山 三光院」訪問。粕谷容子さん、院主の典海さんの歓待を受く。15時前、羽黒山参籠所「斎館」に荷物を置く。その後は、典海さんが最後まで祭の一部始終をご案内下さる。宮野宮司にも貴賓室で面談。松例祭の本殿、蜂子神社での玉串奉典も私と行方さんが呼ばれる。松聖の位上(冬の峰の修行をする修験者の1人)とも挨拶。長老衆が宮澤の映画「うみやまあひだ」を見ていて、義父の私がいると知り、控室に呼んで下さる。普通の旅人では解らない祭の様子を合理的なポイントに絞って案内して下さった典海さんに感謝。松聖のいる補屋(しつらえや)では、「親玉」(とんぶりの実をまぶした大きな握り飯)、燗酒、煮物などを戴く。松聖を囲んでの祭衆の直会「にしの寿司」まで拝見して二時就寝。

1月

  1月1日(日)
斎館から、日本海に浮かぶ飛島が見える。7時、朝食。大きな餅が2つ入った山菜雑煮。みず、青菜、ごぼうきんぴら、白滝の鱈子まぶし、なめこ大根おろしの酢の物。合祭殿参拝のあと「なの花温泉 田田」で入浴。初風呂。昼、酒田ラーメン。黒い聖母の教会(カトリック鶴岡教会天主堂)に寄りホテルへ。水内慶太さんより鶴岡入りの連絡入り、2時過ぎ、駅で落ち合う。元旦昼から飲める店を探してタクシーで探すがなかなか無い。ようやく「三幸」という寿司屋を見つけて2時間ほど飲む。16時半、三光院の典海さんも来て下さり、8人の新年会「庄内ざっこ」。これはもう唸るしかない料理。のどくろの刺し身、どんがら汁が特に印象深い。

 1月2日(月)
たっぷり寝る。9時40分、水内慶太氏と会い、さてどこへ行こうか、ともかくタクシーに乗り、延々と走り、遊佐の鮭遡上地、月光川の箕輪や、神秘の泉「丸池様」へ。川の透明度、丸池の水の色には息を飲む。空港で水内氏降り、私は鶴岡駅へ。2時間ほどのタクシーの旅。水内氏、昨日昼に来て、店をセットして一緒に酒を飲み、全ての金を払い、タクシーで丸池だけを見てタクシー代を払って昼の便で帰る。不思議な人である。「いなほ」で新潟に出て1時間ほど飲み、19時帰宅。

1月3日(火)
エッセイ集の校正、調整。莉子はスキー合宿。あとの家族は、山梨の両親を訪ねたあと湯沢へスキーに。

 1月4日(水)
「俳句」3月号の盤水特集へ弟子としての文章。昼から食材調達をして「銀漢亭」。清掃と料理の下拵えなど。戻って食事。あれやこれや残った料理。

 1月6日(金)
銀漢亭初仕事。常連さん来て下さる。「大倉句会」あと19人。永山優仔さんから到来の樽酒開ける。いろいろな料理、酒を持ち寄って下さる。

 1月7日(土)
年賀状替わりの寒中見舞い、およそ300枚ほど出す。大山かげもと句集の跋文の校正など。夕方、宮澤が戻ったので2人で酒盛り。

















           
△『漂白の俳人・井上井月』伊藤伊那男著
          
  
    






今月の季節の写真/花の歳時記



2017年3月24日撮影   杏   TOKYO/OGIKUBO


  
    
花言葉   「臆病な愛」「乙女のはにかみ」「疑い」「疑惑」

   
Apricot blossom 杏
バラ科サクラ属のアンズ(杏子/杏)(学名:Prunus armeniaca)は別名をカラモモ(唐桃)、アプリコットといいます。日本では杏子、杏と言った名前が付いており、ヒマラヤ西部~フェルガナ盆地にかけての地域が原産地。

 
山茱萸 姫踊り子草 節分草 極楽鳥花 沈丁花  
           
大紫羅欄花 雪割草        

写真は4~5日間隔で掲載しています。 




2017/3/25 更新



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