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 5月号  2018年



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伊藤伊那男作品 銀漢今月の目次 銀漢の俳句 盤水俳句・今月の一句  
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伊藤伊那男作品

主宰の八句












        
             


今月の目次










銀漢俳句会/5月号














  




   



銀漢の俳句 

伊藤伊那男 

◎信州の季語

 先日、生まれ故郷の信州伊那谷を訪ね、ざざ虫漁、寒天干しなどを見学した。ざざ虫は天竜川の浅瀬の石の下に潜むトビゲラ、ヘビトンボなどの複数種の幼虫の総称で佃煮にして食す。私の叔父、池上樵人の〈しばらくは没日(いりひ)の翳のざざ虫採り〉が『日本大歳時記』に載っている。
 伊那谷訪問のあと諏訪に出て、五年振りという「御神渡(おみわたり)」も見た。そのようなことから改めて信州固有の季語を洗い出してみようと思う。
 一番多いのは諏訪大社に纏わる季語である。諏訪大社は出雲の大国主神(おおくにぬしのかみ)が、天照大神(あまてらすおおみかみ)に国譲りをした折、一人異を立てた子の健御名方命(たけなみかたのみこと)が抵抗の末、諏訪に逃げ込み、ここで天照大神に服従し忠誠を誓い、安堵を得た。ただし諏訪にはもともと洩矢(もれや)(守矢)族が土着しており、当然侵入してきた出雲族との間で悶着があった。戦の末、両者は融合し、洩矢族は諏訪の神長官として補佐役となり、その血脈は現在まで継続しているのである。そのため諏訪の祭には狩猟民族の荒々しさがひょっこりと顔を出す。その内のいくつかを紹介してみる。
六年に一度の「御柱祭」や「御神渡」は説明不要であろう。他に大きな祭事として、元日上社本宮の御手洗川の蛙を弓で射て贄とする「蛙狩(かわずがり)の神事」、四月十五日上社前宮で行われる「御頭祭(おんとうさい)」がある。明治時代前までは七十五頭の鹿の生首を捧げた縄文色の強い神事であるが、今は剝製で代用する。また八ヶ岳山麓の御狩場跡で八月に行われる「御射山祭(みさやままつり)穂屋祭(ほやまつり)」も知っておくとよい。
 南信州(下伊那郡)にも民俗学的に重要な祭事として「新野(にいの)の雪祭」「新野の盆踊」「霜月祭(しもつきまつり)」があり、歳時記に立項している。霜月祭について触れておくと、旧遠山郷(とおやまごう)内十数か所で、十二月初旬から中旬にかけて各々の神社で行われる湯立て神事である。神社の中に竃を築き湯釜を滾らせて全国の神々を招いて白湯を供する。豊穣祈願と併せて、悪政を敷き一揆で虐殺された領主、遠山一族の魂鎮めも加わる。「新野の雪祭」は神前に必ず雪を供えて豊年を祈願する。いずれも延々と朝まで続く真冬の祭で、見物するには相当な覚悟を要する。
以上の季語の他にも、深入りしたい方は善光寺の「おびんずる廻し」、「松本の塩市」、安曇野の「御船祭」、和合の「念仏踊」、「野沢温泉道祖神火祭」なども歳時記を繙いていただきたい。食物では「ざざ虫」の他、「野沢菜」も冬菜の副季語である。







 



  

盤水俳句・今月の一句

伊藤伊那男 
衣更痩身いよよ父に似し           皆川 盤水


先生は痩身であったが、決して蒲柳の質ではなくて骨格は確かであった。「春耕」の編集を依頼していた神田神保町の白凰社近くの居酒屋や新宿西口の「ぼるが」などに度々お伴したが、先生は私のような鯨飲馬食の徒とは違って、つまみ物は少しでいいし、酒品の良い飲み手であった。私の父とほぼ同年代だったので尚更の親しみがあった。この句の先生は八十三歳。そのお年になっても父上の存在が常にあるのだな、ということを思う。
                               (平成十三年作『山海抄』所収)                             









  
彗星集作品抄
伊藤伊那男・選

教会に響く歌声絵踏の地         末永理恵子
佐保姫はかさねの色目まだ決めかね    谷口いづみ
置物のごとく父母春を待つ        小田島 渚
きつちりと締まらぬ蛇口納税期      森 羽久衣
鳥かごに入る夢みる春の風邪       夲庄 康代
並べ売る厚手の下着針供養        小山 蓮子
我儘を妻にぶつけて春の風邪       山室 樹一
浅間越え来しが吹越がれに消ゆ      伊藤 庄平
遠吠えに代はる風音猟名残        伊藤 庄平
片減りの荒砥がひとつ若布刈舟      小野寺清人
盛り塩のごとき佃の路地の雪       中村 孝哲
ことさらの朝日なりけり義仲忌      小野寺清人
囲まれて空しか見えぬ雪を掻く      有澤 志峯
寒の水ごくりと故郷近くなる       松代 展枝
列島は縋るかたちや寒に入る       大沼まり子
鶯に多き異名や子規のごと        鈴木てる緒
狐火の噂に始む無尽講          塚本 一夫
読初は子に読んでやる人魚姫       谷岡 健彦





       








彗星集 選評 伊藤伊那男


教会に響く歌声絵踏の地         末永理恵子
江戸幕府が鎖国に踏み切った理由に、キリスト教布教を通じての西洋の侵略を恐れたことが挙げられるようだ。ともかくキリスト教徒の最も多かった長崎は弾圧が厳しく殉教の地であった。絵踏の風習が永く残ったのもその名残である。明治に入ってようやくキリスト教が解禁され、隠れキリシタンが多かった浦上の信者らが浦上天主堂を建てたが、ここに原子爆弾が投下されるという悲劇があった。そのような歴史を鑑みると「教会に響く歌声」の意味には重いものがある。 

  
佐保姫はかさねの色目まだ決めかね    谷口いづみ
佐保姫は奈良平城京の東にある佐保山の神で、春の野山の造化を司るとされる。貞門俳句には〈さを姫のはるたちながらしとをして〉などという低俗なものもある。それはさておき、この句はこれから出立しようとする佐保姫が、どのような色に野を染めようかと思案の最中ということになろうか。「襲」は女性の衣で「色目まだ決めかね」が巧みなところである。擬人化された季語にさらに擬人化を重ねた面白さである。 

  
置物のごとく父母春を待つ        小田島 渚
私もそうであったが、地方に父母を残してきた人の句であろう。寒いふる里では、両親が冬籠りのような生活をしているのであろう。そのような静かな様子を「置物のごとく」と詠んだのが、老人の行動をうまく捉えていて出色である。一日一日春の到来を待ち侘びる。春になれば小さな畑でも耕すのであろうか……。

  
きつちりと締まらぬ蛇口納税期      森 羽久衣
三月十五日が個人の確定申告の締切日。この句の眼目は取合せの面白さ。一年間の決算をしてみると、どこかに無駄な出費がある。それを締りの甘い水道の蛇口にたとえているのである。付き過ぎと言われればそうかもしれないが、このような人事句、時事句はこれ位に詠んでもいいと思う。 

  
鳥かごに入る夢みる春の風邪       夲庄 康代
同じ風邪でも冬の風邪と春の風邪とで詠み分ける必要がある。春の風邪にはどこかに軽さと明るさがあるようだ。この句もその意味では重篤な様子は無い。明るい夢である。

  
並べ売る厚手の下着針供養        小山 蓮子
今、自分の家の中を見ても、針箱が確かどこかにあるぞ、という位の意識しか無い。家で裁縫をすることが無くなったので、針供養と言っても針が無いのである。だからお婆さんしか集まらないということになる。従って、その日を目当ての露天商も「厚手の下着」を並べることになる。その面白さ。 

  
我儘を妻にぶつけて春の風邪       山室 樹一
妻も許容する範囲の我儘であろう。それが春の風邪。 

  
浅間越え来しが吹越がれに消ゆ      伊藤 庄平
 風花よりも激しい塊。浅間の溶岩に消えていく。

  
遠吠えに代はる風音猟名残        伊藤 庄平
 猟期が終り猟犬の声は聞こえない。風の音ばかり……。

  
片減りの荒砥がひとつ若布刈舟      小野寺清人
砥石が「片減り」というところがいい。歳月が出ている。 

  
盛り塩のごとき佃の路地の雪       中村 孝哲
 いかにも東京の雪である。日の当らない路地の僅かな雪。

  
ことさらの朝日なりけり義仲忌      小野寺清人
 旭将軍と言われた義仲。「ことさらの」に悲劇の予感も。

  
囲まれて空しか見えぬ雪を掻く      有澤 志峯
「空しか見えぬ」に雪の深さがある。

  
寒の水ごくりと故郷近くなる       松代 展枝
「寒の水」にふるさとの寒さが甦ったのであろう。
 
  
列島は縋るかたちや寒に入る       大沼まり子
日本列島は「縋るかたち」?そう言われればそうか、と.

  
鶯に多き異名や子規のごと        鈴木てる緒
「春告鳥」「匂鳥」「花見鳥」「歌詠鳥」……。 

 
 狐火の噂に始む無尽講         塚本 一夫
地域に密着した頼母子講の様子がよく出ている。 

  
読初は子に読んでやる人魚姫       谷岡 健彦
 自分の為ではなく子に読む、というところが取柄。






   
   










銀河集作品抄

伊藤伊那男・選

その中におぼつかなきもある初音   東京   飯田眞理子
人日や煎じ薬の香に浸り       静岡   唐沢 静男
針供養たまの針箱掃除かな      群馬   柴山つぐ子
白鳥の言はれるほどに白からず    東京   杉阪 大和
挿してよりすぐ見失ふ供養針     東京   武田 花果
ミシャクジへ梶の大樹の雪しづる   東京   武田 禪次
霜の声指のささくれ舐むる夜半    カナダ  多田 美記
困憊は脱ぎし手套の形にも      東京   谷岡 健彦
絨緞のスルタンの恋のうへに臥す   神奈川  谷口いづみ
揺さぶれば凜と鳴りさう藪柑子    愛知   萩原 空木
霊山の霊ゆすりしや初神楽      東京   久重 凜子
胸に抱く子と春眠をわかちあふ    東京   堀切 克洋
吾がたましひまでは映せぬ初鏡    東京   松川 洋酔
焼入れに鋭く鳴くや寒の水      東京   三代川次郎









   
   









綺羅星集作品抄

伊藤伊那男・選 

読初や昔ケインズ今芭蕉       埼玉   渡辺 志水
山言葉山にあづけて猟名残      群馬   山田  礁
蒟蒻に地獄のやうな針供養      東京   島谷 高水
かまくらの仕上げ神棚削り出す    東京   飯田 子貢
甲板の雪掻き終へて出漁す      神奈川  伊東  岬
鍋底に煮凝残し出漁す        埼玉   小野寺清人
初鶏のまつ赤な声や土佐にをり    長崎   坂口 晴子
楪にあたたかき血のありさうな    東京   梶山かおり
初詣踊り場ごとに母を待つ      東京   今井  麦
茂吉忌の盥に匂ふクレゾール     東京   上田  裕
鍼灸師の一団並ぶ針供養       東京   大溝 妙子
服といふ抜け殻を干す冬深し     宮城   小田島 渚
金襴を羽織りて京の追儺鬼      和歌山  笠原 祐子
扶養控除欄空白も納税期       長野   北澤 一伯
煉瓦塀に吸ひ込まれゆく寒夕焼    千葉   佐々木節子
かたかごや糸姫越えし峠道      東京   橋野 幸彦
浅春の薪束にある隙間かな      埼玉   大野田井蛙

鬼のゐる隣の庭に豆を撒く      東京   相田 惠子
錠剤の一つ増えたる余寒かな     宮城   有賀 稲香
腓返りしながら探す湯婆かな     東京   有澤 志峯
風の声聴く残雪の双耳峰       埼玉   池田 桐人
鎮守暮る梅の白さを損なはず     埼玉   伊藤 庄平
縄張りを巡らす如く魞を挿す     東京   伊藤 政三
春しぐれ傘に透けたる街の色     東京   宇志やまと
雪解川覗き込みたる眩暈かな     埼玉   大澤 静子
踊りつつできる炒飯木の芽風     東京   大沼まり子
春風の街や手品の種買ひに      神奈川  大野 里詩
寒晴や法名梅の姉夫婦        東京   大山かげもと
一人居の吾に挨拶初鏡        東京   小川 夏葉
二人居のたづきと言へど春めけり   神奈川  鏡山千恵子
風呂敷の絵柄の淡し小正月      愛媛   片山 一行
雛の間の華やぎのふと息ぐるし    東京   桂  信子
大寒や蛇口ひと鳴き水止まる     長野   加藤 恵介
如月の空は縁より潤み初む      東京   我部 敬子
豆撒きやお面が弾くひと礫      高知   神村むつ代
猪鍋や一夫多妻の頃をふと      東京   川島秋葉男
困民党の地や奔放な辛夷の芽     東京   柊原 洋征
かたかごの花見し旅の地を忘る    神奈川  久坂依里子
ベーグルの穴に春立つ摩天楼     東京   朽木  直
女正月口は閉ざしてゐるが良し    東京   畔柳 海村
臘梅を毀さぬやうに香に寄れり    東京   小泉 良子
初鶏に後れて山の日差かな      神奈川  こしだまほ
這ひ初めし稚触れたがる初雛     東京   小林 雅子
手をこする癖つくままに春来る    東京   小山 蓮子
筆もなき絵島に凍ての経机      長野   三溝 恵子
繕ひをするだけのもの針供養     東京   島  織布
阪神忌
下敷の闇胸底に寒の朝        兵庫   清水佳壽美
顔だけの上野大仏下萌ゆる      東京   白濱 武子
立春や雀に一握の米をやる      東京   新谷 房子
椿へと姿を変へし西王母       大阪   末永理恵子
算盤をはじき熊肝初相場       静岡   杉本アツ子
お水取火の粉浴びたき距離に入る   東京   鈴木 淳子
龍の吐く寒九の水を水筒に      東京   鈴木てる緒
踏み出しの位置をさだめて春の泥   東京   角 佐穂子
音色よき彦山の鈴久女の忌      東京   瀬戸 紀恵
黄水仙一感嘆符として立つ      神奈川  曽谷 晴子
豆撒や打たるるままに保母の鬼    長野   高橋 初風
北国の水の固さや柳の芽       東京   高橋 透水
神楽面に眼ぢから建国記念の日    東京   武井まゆみ
引く濤の力ありけり実朝忌      東京   竹内 洋平
縄飛やまほらの国の神の庭      東京   多田 悦子
腰曲がるほど働かせ供養針      東京   田中 敬子
無器用な吾で押し通す針供養     東京   谷川佐和子
近所にて済ます外食寒雀       東京   塚本 一夫
寒稽古の声ひき千切る海の風     東京   辻  隆夫
宮前の伊勢の朝粥寒卵        愛知   津田  卓
卵殻畑に散らして春を待つ      東京   坪井 研治
海遠き里に育ちて凝鮒        埼玉   戸矢 一斗
煤逃や後ろめたさも戸口まで     大阪   中島 凌雲
姿なき鬼はこころに鬼やらひ     東京   中西 恒雄
神名備を渡る松籟寒鴉        東京   中野 智子
だんだんと俳書の書架や獺祭     東京   中村 孝哲
上野にも戦火ありけり斑雪      茨城   中村 湖童
ものの芽の息やはらかき力かな    東京   中村 貞代
細々と真つ直ぐの雨水仙花      埼玉   中村 宗男
寒芹の川の光を梳き洗ふ       東京   西原  舞
桜満ち来たり山門沈みゆく      東京   沼田 有希
大寒や造花のバラに莟なく      神奈川  原田さがみ
大川に白波立てる寒の明け      兵庫   播广 義春
ひとたびは捨てたる家の雪を掻く   東京   半田けい子
甲斐の山まだ覚めやらず龍太の忌   東京   堀内 清瀬
七色の縞を一つに巻くマフラー    岐阜   堀江 美州
その中に風神も居て隙間風      埼玉   夲庄 康代
金丸座紙燭ゆらめく春の宵      東京   松浦 宗克
切株の年輪ほどの日脚伸ぶ      東京   松代 展枝
春愁といふぬかるみに嵌りけり    東京   宮内 孝子
初曾我やひときは響く大向う     神奈川  宮本起代子
鷹鳩と化して死なざる正義かな    千葉   無聞  齋
昭和期のいよいよ遠し春夕焼     東京   村上 文惠
雪積むや夜の静けさを確かむる    東京   村田 郁子
スニーカーの紐のさまざま探梅行   東京   村田 重子
体育の授業はやはり雪掻に      東京   森 羽久衣
天井の梁の太さや狸汁        千葉   森崎 森平
頼朝の挙兵の山の冬芽かな      埼玉   森濱 直之
凍てつきし酒四五本の井月墓     長野   守屋  明
寒晴の嶺へカラシニコフ撃つ     愛知   山口 輝久
楪や過去帳の文字擦れゐる      東京   山下 美佐
松籟の武蔵ぶりなる一の午      東京   山元 正規
大太刀を担ぎ六方初芝居       神奈川  𠮷田千絵子
幾筋も茅舎に垂るる氷柱かな     愛媛   脇  行雲
雪催鉛筆の芯ちびしまま       東京   渡辺 花穂








       









     







銀河集・綺羅星今月の秀句

伊藤伊那男

挿してよりすぐ見失ふ供養針       武田 花果
針供養の句は随分見てきたが、この観点の句は珍しい。行列に並んで針を納め、手を合わせたあと、目を遣ると、自分の刺した針がどれであったか見分けがつかなくなったという。さもありなんと思う。敬虔な気持の中に交じるほのかなユーモアである。「針供養」は浅草寺淡島神社では二月八日で春の季語であるが、関西や九州ではおおむね十二月八日に行われる冬の季語となる。 

絨緞のスルタンの恋のうへに臥す     谷口いづみ
ペルシャ絨緞の高級品は何年もかけた手織りで、とんでもない高額であるという。そんなところにコーヒーを零したり、寝て涎を垂らしたりしたらどうするのだろう、と思う。これは空想句であろうが、絵柄の恋物語の上に臥す、というところが面白い。スルタンはイスラム王朝の君主、『千夜一夜物語』の夢を見るのであろうか。 

  

読初や昔ケインズ今芭蕉         渡辺 志水
私の学生の頃は、ケインズを中心とする近代経済学が主流になったが、まだマルクス経済学のゼミナールも根強く残っている時代であった。作者はケインズを学んで社会に出て仕事を全うされた方だが、そのあとの人生は芭蕉学に入ったのである。「読初」に掛けたところがいい。芭蕉学を全うしていただきたい。 


山言葉山にあづけて猟名残        山田  礁
「猟名残」は「猟期終る」の副季題で春の頃である。例句も少なく、私も知ってはいたが、作ったことはなく、投句作品で見るのも初見である。だから取り上げたというわけではなく、秀逸句であるからだ。猟の時期に交し合っていた狩猟言葉はひとまず来年まで納めて、普通の生活に戻ったというのである。「山にあづけて」の措辞は見事! というほかにない。歳時記に残しておきたい佳品だと思う。 


  

蒟蒻に地獄のやうな針供養        島谷 高水
破顔一笑の句である。こういう見方もあったのか、と只々感嘆しきりである。「針供養」といえば、針そのものか供養する人々の心象が中心として詠まれるのだが、この句は針を刺される土台の蒟蒻が主役であるから、逆転の発想で大成功を収めたのである。笑いながら拍手で称えたい。 


かまくらの仕上げ神棚削り出す      飯田 子貢
テレビでしか見ていないが、秋田県横手市のかまくらの風景は幻想的である。今はブルドーザーなどを駆使して作るようだ。この句は仕上げの最後に神棚を作った、というのだが、それを「削り出す」と詠んだのが出色である。もし「設へる」というような表現であったら零点。ここが俳句の勘所である。零点か百点かはこのようなことで決まるのだ。 


甲板の雪搔き終へて出漁す        伊東  岬
鍋底に煮凝残し出漁す          小野寺清人
気仙沼大島出身の二人が期せずして「出漁」をテーマにした句を投句してきたことに驚いた。育った仲間が漁師や技術者になって遠洋漁業に従事している、という話を幾度か聞いたことがあるので、こうした句が出てくるのであろう。岬句は「雪搔き」で「終へて出漁す」と結ぶ。清人句は「煮凝」を「残し出漁す」で結ぶ。記憶に残る風土を克明に詠んで両句とも互角の逸品であった。 


初鶏のまつ赤な声や土佐にをり      坂口 晴子
確か「長尾鶏」(●ルビ=ちょうびけい)(尾長鶏)日本固有の珍種で尾の長さは八㍍に達するものもあるという。高知県産で特別天然記念物に指定されている。であるから「土佐にをり」の地名が動かないのである。句の眼目は「まっ赤な声」の把握。声に色は無いのだが、きっとそうだ、と納得する説得力がある。「まっ赤な噓」に通じるおかしさもある。 

  

楪にあたたかき血のありさうな      梶山かおり
「楪」は新年の季語。新しい葉が成長するのを見届けるようにして古い葉が落ちることから、代々の家系を継承することに掛けて、縁起の良いものとされ、正月の飾りに、用いる。この句は「あたたかき血のありさうな」の把握が季語の本意をしっかりとらえた佳品。長い葉茎は赤い色を持っており、血管のようにも思えてくる。その着目がいい。 


その他印象深かった句を次に

初詣踊り場ごとに母を待つ        今井  麦
茂吉忌の盥に匂ふクレゾール       上田  裕
鍼灸師の一団並ぶ針供養         大溝 妙子
服といふ抜け殻を干す冬深し       小田島 渚
金襴を羽織りて京の追儺鬼        笠原 祐子
扶養控除欄空白も納税期         北澤 一伯
煉瓦塀に吸ひ込まれゆく寒夕焼      佐々木節子
かたかごや糸姫越えし峠道        橋野 幸彦
浅春の薪束にある隙間かな        大野田井蛙
















               

 



 
星雲集作品抄
伊藤伊那男・選

秀逸

春待つやケーキの箱に巴里の地図   千葉  白井 飛露
絵馬揺れて立春の譜を奏でをり    神奈川 中野 堯司
鰆東風ひかりの海へ舵を切る     静岡  金井 硯児
小さき手に形にならず雪礫      大阪  辻本 理恵
笹鳴や寺の奥まで通されて      京都  小沢 銈三
野沢菜に酸味現る二月かな      神奈川 有賀 理
この坂を降りて荒海良寛忌      群馬  佐藤かずえ
信心の祖母の手をひき恵方道     京都  三井 康有
考える人の頭に重き雪        神奈川 白井八十八
オムレツは二人で三個寒卵      東京  福原 紀子
臘梅やゆふべの月のかけらとも    東京  福永 新祇
不器男忌の淡雪いつか夜の雨に    神奈川 上條 雅代
川底の石の燦めき水温む       東京  上村健太郎
冬将軍夫を攫つて行きにけり     広島  長谷川明子
四日早や石灰の荷の秩父線      埼玉  小野 岩雄

蓮根の煮物で今年見通しぬ       神奈川  山田 丹晴
観覧車二人で乗れば四温かな      静岡   山室 樹一
蛇口より底冷あふれ続けをり      神奈川  福田  泉
梅にほふ五山四位に三世仏       埼玉   園部 恵夏
母ぽつりもて余してる大炬燵      千葉   園部あづき
    
      




雲集作品集抄

            伊藤伊那男・選
をとつひの痛み忘れて針供養     東京  秋田 正美
春の雪波郷の句碑の立つ運河     埼玉  秋津  結 
日日春の日差しの届く奥座敷     神奈川 秋元 孝之
さりげなき言葉のぬくし冬桜     東京  浅見 雅江
春の鯉浅瀬にぬめる膚浮かべ     東京  尼崎 沙羅
平家の裔とつとつ話す囲炉裏端    愛媛  安藤 向山
道の辺に白き産毛の辛夷の芽     東京  井川  敏
潜りたる鳰今茜射す         東京  生田  武
襟巻をたたんで告解の椅子へ     パリ  伊藤 惠子
フリージア一軒間口の花屋開き    東京  伊藤 真紀
江の島に立春大吉波光る       神奈川 伊藤やすを
春寒や李王手植ゑの松細し      埼玉  今村 昌史
鐘楼へ足跡真直雪の寺        愛媛  岩本 青山
敦盛の横笛哀し煙る雪        愛媛  内田 釣月
春立つや鉄錆匂ふ北の町       長野  浦野 洋一
指先にかすかな息吹松雪草      埼玉  大木 邦絵
蕗味噌を今年も作る夫の為      群馬  岡村妃呂子
故郷の墓は山かげ暮早し       神奈川 小坂 誠子
子羊の産毛の乾き草青む       静岡  小野 無道
春炬燵手繰り寄せ合ふ妻と夫     東京  釜萢 達夫
春立つや狭庭に鳥の影いくつ     長野  唐沢 冬朱
山間の煙うつすら春支度       神奈川 河村  啓
三界に花も実もあり西行忌      長野  神林三喜雄
幾万の馬酔木の壺に鳥の嘴      愛知  北浦 正弘
冬温し道灌槇の長き菰        神奈川 北爪 鳥閑
音のなき東京の朝雪降りぬ      東京  北原美枝子
電灯の影絵の木々や冬茜       東京  絹田  稜
春の野や土竜の塚の此処彼処     東京  久保園和美
八百年の梅の香りか建長寺      東京  倉橋  茂
冬晴れや分水嶺は国さかひ      群馬  黒岩伊知朗
合格の絵馬が奏でる梅早し      愛知  黒岩 宏行
海鳴の古里二月礼者かな       東京  黒田イツ子
絶景はこの橋の上春の富士      神奈川 小池 天牛 
青空を突き刺してゐる梅の枝     群馬  小林 尊子
眠たげな睫毛に似たり冬すみれ    東京  小林 美樹
津波来し母なる川に鮭遡る      宮城  齊藤 克之
雪解や一寸毎に過去を消し      神奈川 阪井 忠太
元朝の光の束を賜りぬ        長野  桜井美津江
定まらぬ鳶の一点涅槃西風      東京  佐々木終吉
夕暮のすて菜啄む寒鴉        群馬  佐藤 栄子
 沖縄
春浅し波押し寄する珊瑚礁      群馬  佐藤さゆり
昼夜もなく動く口三ヶ日       東京  島谷 操
寒茜富士は幽かに影を持つ      東京  清水美保子
寒燈や四つ角にある駐在所      埼玉  志村 昌
春待ちの田伏の屋根や村雀      東京  須﨑 武雄
木々不動校舎の中は入試らし     群馬  鈴木踏青子
三つ編みの少しかために年の髪    愛知  住山 春人
 浄智寺
うすらひや囁くやうにひび割れし   東京  田岡美也子
きしむほどブランコこぎて空へ跳ぶ  東京  髙城 愉楽
流感にて禁足の子にメロンパン    福島  髙橋 双葉
薄氷や動きの鈍る川の鯉       埼玉  武井 康弘
春の夢黄泉の人にも逢ひにけり    広島  竹本 治美
初髪の櫛あと深く残りをり      三重  竹本 吉弘
刀匠の魂入るる寒の水        神奈川 田嶋 壺中
梅寒し日向日向を拾ひ座す      東京  立﨑ひかり
待春の勢を待つ水車かな       東京  田中  道
食前の感謝の祈り寒卵        神奈川 多丸 朝子
日に開き日に崩るるや冬牡丹     東京  田家 正好
花びらも芯も胃の腑へ牡丹鍋     東京  辻本 芙紗
むかへゐる客の上着の冷たさや    東京  手嶋 惠子
 南米パタゴニア
朝焼けに氷河聳えるパタゴニア    神奈川 長濱 泰子
待春や日々と云ふ名のくすりかな   大阪  永山 憂仔
懸想文愛しき人は皆逝きて      埼玉  萩原 陽里
傾きをしかと正して注連飾      東京  橋本  泰
塗椀に重たさ落とす寒卵       東京  長谷川千何子
冠着は影ひとつなき冬の駅      長野  蜂谷  敦
消防車控へさせてのどんど焼     神奈川 花上 佐都
深雪晴木々おのおのの形なす     長野  馬場みち子
三陸の海渦巻きて新若布       千葉  平山 凜語
頰高き位置に寒さの集まれり     神奈川 福井 有紗
仕付け糸残る園服春立つ日      神奈川 星野かづよ
鷽姫ら琴弾き合うて御師の里     東京  星野 淑子
雪搔いて落す田川の水迅し      神奈川 堀  英一
東尋坊柱状節理睦月波        東京  牧野 睦子
土の神目覚めしと鍬春近し      神奈川 松尾 守人
雪積もる犬の足跡転げ跡       愛知  松下美代子
これ以上白くなれじと寒牡丹     東京  八木 八龍
藤蔓や天へ昇らむ龍のごと      東京  家治 祥夫
春障子動物園めく子の影絵      東京  保田 貴子
一斉に大地ざわめく霜の声      東京  矢野 安美
不器用な手遣ひなれど針供養     群馬  山﨑ちづ子
四辺には茶飲み友達春炬燵      東京  山田  茜
凩や瓦葺師の早仕舞         高知  山本 吉兆
臘梅や青天井に匂ひけり       群馬  横沢 宇内
スリランカ
ダーガバを巡る跣足に灼くる土    神奈川  横地 三旦
水琴窟音かすかにて春遠し      神奈川  横山 渓泉
微笑みに頷いてゐる初鏡       山形   我妻 一男
凍鶴の覚醒蒼き天に吠ゆ       神奈川  渡邊 憲二
風花の舞ひしきる道下校の子     東京   渡辺 誠子
春光やニコライ堂の円き屋根     東京   渡辺 文子









          











     





星雲集 今月の秀句

伊藤伊那男

春待つやケーキの箱に巴里の地図     白井 飛露
巴里(パリ)の地図を意匠化した箱に入ったケーキを買ったか貰ったか。巴里の地図というだけで心浮き立つではないか。世界の大都市の、たとえばニューヨーク、ロンドン、モスクワ、北京‥‥どこへ行ってみたいか、と聞かれたらやはり圧倒的にパリということになろう。〈フランスに行きたしと思へどもフランスはあまりに遠し‥‥〉は誰の詩であったか。さて何といってもこの句の眼目は「春待つや」の季語の斡旋の的確さであろう。「夏近し」「秋初め」「冬隣」など類想される季語を入れ替えてみても「待春」に勝るものはない。俳句の決め手である。同時出句の〈魞挿すや対岸の町見えぬ朝〉の春霞の季感のよさ、〈公魚や隣の穴は釣れる穴〉のユーモア、と各々に味わいがある。 

 

鰆東風ひかりの海へ舵を切る       金井 硯児
東風(こち)と言えば菅原道真の〈東風吹かば匂ひおこせよ梅の花あるじなしとて春を忘るな〉を思い出す。この東風の頭に更に季感を加えたものに「雲雀東風」「梅東風」「桜東風」などがある。この句の「鰆東風」は前記の王朝の雅語としてではなく、海上生活者の生活用語なのであろう。鰆が獲れる頃の荒い東風である。その季感を生かして「ひかりの海へ舵を切る」と添えたところが具体的である。 

小さき手に形にならず雪礫        辻本 理恵
 二、三歳位の嬰児であろう。雪に興味を持って触る。兄や姉などの作る雪礫に倣って自分でも丸めてみようするがそう簡単にはいかない。そんなもどかしさがよく捉えられている。「形にならず」の措辞に丁寧な観察眼がある。

笹鳴や寺の奥まで通されて        小沢銈三
笹鳴の籬曲れば銀閣寺            〃
やはり京都に暮している方の句だな、と思う。東山が寺裏まで迫る地形が目に浮かぶ。「寺の奥まで通されて」がきめ細かくその様子を表現している。まさに裏山から降りてきた笹子である。二句目には銀閣寺の地名も入っておりそのことが明確になる。「籬曲れば」がうまいところである。穏やかな詠みぶりだが、無理のない確かな景の把握。
 
この坂を降りて荒海良寛忌        佐藤かずえ
良寛忌は陰暦一月六日。今の二月中旬であるが、越後の国であるから、まだまだ寒中最中の気候である。「この坂」は私としては国上山の五合庵から町へ下ったということであろうと思う。対岸の佐渡ヶ島の見える日本海はまだ荒波を立てており、臨場感を伴った良寛忌である。同時出句の〈木の間来る半分ほどが春の風〉も、冬から春に移行する微妙な季感をうまく詠み止めている。


信心の祖母の手をひき恵方道       三井 康有
いい孫だなと思う。信心深い祖母を連れ出して恵方へ初参りをしたのであろう。高齢の祖母であること、ゆっくりとした歩みであること、慈しみの情などもよく伝わってくるのである。同時出句の〈春寒の港に残る紙テープ〉も「春寒」の季語がいい。おのずから卒業や転勤などの別れの場面が彷彿とするのである。

 
考える人の頭に重き雪          白井八十八
「考える人」はロダンの彫刻で上野公園の西洋美術館の前庭にもある。露天に設置されたブロンズ像であるから、雪が降れば雪が積るのは当り前である。ところが、「重き」とあることで実景から離れた心象の濃い句に一変するのである。それも「考える人」であるから尚更である。深読みすれば「考える人」は作者本人と重なるのだ。

 
冬将軍夫を攫つて行きにけり       長谷川明子
御主人を見送られた悲しみを「冬将軍が攫った」と率直に詠んだが、その裏に深い感慨が籠る。同時出句の作品にも悲しみが抑制されていて読み手の心に響くのである。四月号の冒頭のエッセイで「短歌と俳句の違い」について述べたが、まさにその見本のような句であった。〈喪主となる鎧ひしごとく着ぶくれて〉〈磨り減りし靴も遺品や竜の玉〉〈弔問を受くる落葉を焚きながら〉。 

蓮根の煮物で今年見通しぬ        山田 丹晴
一読楽しい句である。卓に出た蓮根の穴で今年を見通してみるという。愉快である。そんなことで解るわけはないのだが、人生の楽しみはこうした無邪気な、たわいもないことの中にある、と思う。俳句もそうした文芸である。 
その他印象深かった句を次に。

観覧車二人で乗れば四温かな       山室 樹一
臘梅やゆふべの月のかけらとも      福永 新祇
蛇口より底冷あふれ続けをり       福田  泉
梅にほふ五山四位に三世仏        園部 恵夏
母ぽつりもて余してる大炬燵       園部あづき
不器男忌の淡雪いつか夜の雨に      上條 雅代


















伊那男俳句  


自句自解(29)

  
てのひらの熱しと思ふ初蛍


 私の幼少時代、昭和30年代までの伊那谷では蛍は身近なものであった。家の近くの小川にも毎年舞っていて、竹箒を持って蛍狩りをした。家の明りを消して獲ってきた蛍を放ったりもしたものだ。それから半世紀が過ぎて、信州の田舎でも今や考えられない風景である。伊那谷の入口の辰野町は今、蛍で有名になったが、諏訪湖の汚れた高度成長期には絶滅状態となっていた。その後、枝川の浄化や餌となる川蜷の養殖など、町をあげての環境整備が功を奏して復活したのであった。蛍の光は「腹部先端の発光器でルシフェリンという発光物質が酵素の働きで発する冷色光」とある。つまり熱は持っていない。そのことは解っているのだが、この句では敢えて「熱しと思ふ」としてみた。それは古来日本の文芸では蛍の光に恋の思いを託し、また霊魂になぞらえて詠み継がれてきたことを踏まえたからである。日本人の心の中では蛍は単なる昆虫ではない。恋人であり、肉親の霊魂であった。

  
昭和遠し冷しトマトといふ肴


 冷しトマトは、輪切りにしてマヨネーズを添えるだけ。私は居酒屋を開いているが、これよりも簡単な肴がこの世にあるかというと「無い」と断言できる。だがこれを品書きに見ると、焼鳥の煙が充満した酒場や、零れた酒がテーブルに粘り付くような二級酒のコップなどを思い出す。私にとっては青春の残滓、昭和への郷愁を感じさせる一品である。櫂未知子さんが『食の一句』(ふらんす堂)でこの句を取り上げてくれた。――たとえば居酒屋で〈冷しトマト〉を選んだことと、昭和がずいぶん遠くなったと感じることとは直接つながりはない。そこが俳句の面白さである。〈冷しトマト〉は作者にとって〈昭和〉の象徴なのだろうか、と想像しては見たが……。そういえば、男性は飲む時に「家庭にもあるどうってことない肴」を注文するのはなぜだろう。トマト、冷奴、オニオンスライスなどなど。こと食べ物に関して、男性の多くは恐ろしいほどに保守的であるーー。       

 











  
   


 



銀漢の絵はがき


挿絵が絵葉書になりました。
Aシリーズ 8枚組・Bシリーズ8枚組
8枚一組 1,000円

ごあいさつにご利用下さい。



    


















掲示板





















 
             

銀漢亭日録

伊藤伊那男


2月

 2月20日(火) 
法政大学高柳先生と伊那谷出身の方々4人。中村湖童さん幹事の初句会を発行所で。あと6人店へ。

 2月22日(木)
 昨晩、山梨県甲府市に住む宮澤の父上錬治氏逝去。92歳。江戸城天守閣を再建する会の方々3人。伊那谷の先輩お2人。小野寺清人さんの気仙沼を喰う会。殻付き牡蠣、剥き身牡蠣
海鞘、つぶ貝、帆立貝……など。20数名。

 2月23日(金)
 水内慶太さんひょっこり来店。昨日退院されたと。後遺症はほとんど無いとのこと。奇跡的回復。安堵する。良かった!
 さすがにノンアルコールビールを少々だけに。発行所「門」同人会に貸し出し。あと「金星句会」。終って店へ5人。環、片岡さん、井蛙さん、井月忌俳句大会事前投句の集計作業など。ともかく閑散。

2月24日(土)
 午後、「纏句会」14人。あとカウンターで兼題の青柳、鰻。筍と若布、菜の花の煮物。白魚の天麩羅。あと握り。あと渋谷「鳥竹」にて小酌。エッセイの構想など。

2月25日(日)
 7時半発、家族で甲府へ。宮澤の父上の錬治様家族葬。18時半、帰宅。夕食は秩父の豚肉の味噌漬、焼売、若布と大根のポン酢サラダなど。

2月26日(月)
 秋田増田町の「日の丸醸造」へ行った仲間の反省会とて6人。麦さんから「まんさくの花」2本。羽久衣さんから台湾旅行のからすみの持ち込みあり豪華。三笠書房の押鐘会長他。

 2月27日(火)
 「雛句会」。15人。

3月

3月1日(木)
 店の月次表作成。選句追い込み。店、法政大学の大西先生2名。鈴木忍さん、元NHK水津さんは金子兜太先生の通夜帰りと。「十六夜句会」あと15人、松山さんゲスト。

3月2日(金)
 環さん、女子会4人。「大倉句会」あと16人。今週はなかなか多忙。有り難いこと。

3月3日(土)
 終日原稿書き。夜、雛祭。孫の内2人は女子。ちらし寿司、蛤の汁、秩父の豚肉味噌漬。からすみ、胡瓜と人参の浅漬など。

3月4日(日)
 四谷「主婦会館プラザエフ」にて「第五回 井月忌の集い」。俳句部門は「銀漢」担当にて皆、良く手伝ってくれる。今回から事前投句も開始。まずは成功。同会館にて親睦会のあと、隣の店で二次会。

 3月5日(月)
 彗星集選評書いて4月号終了。発行所「かさゝぎ勉強会」あと12人。対馬康子さん。

3月6日(火)
 からすみ第2弾完成。上々の出来。前回と合わせて計11腹作ったことになる。店、閑散。俳人協会総会あとの竹内宗一郎、鈴木忍さん他。

3月7日(水)
 「俳壇」5月号の「どう乗り越える? 句作の行き詰まり」特集へ600字。店「きさらぎ句会」あと7人。「宙句会」あと16人。「俳句αあるふぁ」の中島さん、デザイナーの西郷さん来店。編集一段落と。

3月8日(木)
 結婚記念日。25歳で結婚したので43年前のこと。店「極句会」あと16人。2名新入会あり。「りいの」の山崎祐子さん。清人さんより、気仙沼大島の千葉さん逝去との知らせ。今夏、お訪ねするつもりであった……。

3月9日(金)
 小川洋さん久々。西村麒麟さん夫妻。閑散。

3月10日(土)
 10時、運営委員会。午後、麹町会館にて「銀漢本部句会」。50名ほど。あと近くの中華料理店にて12人程で親睦会。紹興酒に酔う。あと、どこかに寄ろうかと思ったがもう駄目……。

3月11日(日)
 早起き。全国俳誌協会「全国俳句コンクール」の選句。700句の応募あり。

  3月12日(月)
 句稿整理など。店、超閑散。

3月13日(火)
 超結社句会「火の会」9人。あと閑散。

3月14日(水)
 発行所「梶の葉句会」。店、日経新聞、丸田さん。山本悦夫さん。伊那市の東京駐在員、下平さん。高遠の桜祭の宣伝に。水内慶太、加茂一行、祐森水香さん他、「月の匣」の方々。

3月15日(木)
 土肥あき子さん久々。山田真砂年さん。「銀漢句会」あと16人。

3月16日(金)
 発行所「蔦句会」に選句。保谷政孝さん出席。透析治療に入られ、当初、苦しんだと仄聞していたが、すっかり克服され、顔も引き緊まっている。ユーモアのセンスも磨きがかかり、こちらが元気を貰う。会のあと8人。そのあと、法政大学の高柳先生と飯田高校のOBの方々4人。1人の方のひいお爺さんは、俳句をやっていて、山頭火が井月を訪ねてきて飯田で倒れた折、治療をしたと。全体的に飯田は短歌が盛ん。伊那は俳句志向の違いがあると。

3月17日(土)
 朝から成城仲間の子供達の二分の一成人式の撮影会。10組ほど。久々、私が夕食を作ることに。結局、4家族ほどが残り、宴会に。牡蠣土手鍋、からすみ、ステーキなどを用意。最後の撮影はワイドショーキャスターの恵さん一家。私はグアムで食事して以来。

3月18日(日)
 今日も終日家。今日も撮影。夜、私が料理。鶏焼、からすみ大根、独活と若布のサラダ。帆立貝とアスパラガスのバターソテー。蛍烏賊さっと煮など。

3月19日(月)
 店、藤森荘吉さんの「閏句会」9人。発行所、「演劇人句会」のあと10人。小川洋、竹内宗一郎さん。「ハルモニア」の幸田さん三人。桜開花……が、寒さのぶり返し。

 3月20日(火)
 桜並木を通って駅へ。一、二分咲き。しばらくはこの道を通ることに。「井月忌の集い」のスタッフ慰労会。環順子さん、片岡・花島さん他、「銀漢」の面々12人。手製のからすみを供す。誰かが近くのチャーハン店に走ってレタスチャーハンを買い込み、これに砕いたカラスミを振りかけてカラスミチャーハンに。飯田高校出身の下平さん、忘れ物取りにきて句仲間の楽しく飲んでいる様子に驚いている。新潟日報大日方さんの法政大学の後輩、松井崇くんが長野日報駒ヶ根支社に赴任とて、駒ヶ根の話を聞きに来店。

3月21日(水)
 彼岸中日、月に1度、店を手伝ってくれた大塚凱くん(東大生俳人。先日NHKテレビでコンピューターと俳句対決して勝った)の送別会。店を手伝っている方々と伊那北高同期生、井蛙、光汪の親睦会を兼ねて9人。春雪の降る柴又へ集合。強風と冷雨の中、矢切の土手、帝釈天、山本亭などを散策。15時過ぎには参道のゑびす屋に入り、鯉こく、洗い、鰻などで酒盛り。草団子も。五句出句して浅草に出る。ニュー浅草にて披講。そのあと、2句出し句会を2回。神谷バーに席を移して一句出し句会……と計4回、10句の句会となる。

3月22(木)
 9時、「あ・ん・ど・うクリニック」。心電図、脈拍など24時間検査の機械を付ける。店、高校同期の「三水会」7人。「丘の会句会」あとの坪井、池田さん。

 3月23日(金)
 いつもと違う桜並木を通って駅へ。店、超閑散。井蛙さん来て、神田駅前の信州と縁のある店に行こうというので、20時前に閉めてしまう。「木花」という店。あと駅近くの焼鳥屋……。結局、23時頃まで……。あんなに早い時間に店を閉めてしまってよかったのかどうか……。

 3月24日(土)
 桜並木を通って駅へ。日本橋「鮨の与志喜」にて「纏句会」。14人。あと題の鱒の味噌焼、鯛の桜葉蒸し、桜海老の茶碗蒸し、酒は広島の「桜吹雪」。帰宅すると手巻寿司が準備してあり、やはり参加してしまう。これはいけない!

 3月25日(日)
 昼前、1時間ほど家周辺の桜並木を散策。汗ばむほどの陽気。6月号の選句など。夜、龍正くんの二分の一成人式とて成城仲間が某ホテルへ。私は留守番をして華子、亮輔の夕食用意。莉子がスキー合宿から帰宅。

3月26日(月)
 桜並木を見て駅へ。発行所「一八句会」あと7人店
へ。「銀化」の梅田津さん他3人、勉強会。「知音」の小沢麻結さん久々。常連が「俳句αあるふぁ」に連載を始めた私の料理のレタスのオイスター炒めを食べたいとレタス持参するので作る。ついでに豆腐も買ってきたというので湯豆腐とおじや……・こんなことをしていては商売にはならず……。








         
    






今月の季節の写真/花の歳時記



2018年5月16日撮影   朴の花    TOKYO/HACHIOJI





花言葉  「誠意ある友情」   

△朴の花

朴の木は モクレン科の落葉高木で、種子が芽をだして 花が咲くまで、13年以上もかかるようです。 こどもの手より大きな9枚の葉っぱの真ん中に花があります。花は大きくて、直径10cm以上ありますね。

朴葉寿司や朴葉餅などに使われ また比較的に火にも強いので 味噌や食材の包みにして焼く 朴葉味噌や朴葉焼きといった郷土料理の材料として利用されています。

アマリリス 苧環の花  アカシア 車輪梅 カンパニュラ  
 
朴の花  
写真は4~5日間隔で掲載しています。 
2018/5/13  更新


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