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「銀漢」創刊の辞

伊藤 伊那男 

 結社「銀漢俳句会」を立ち上げることとなった。今の私は61歳、華甲の年である。還暦のあとの1年目、まさに再出発の年ということになる。私は7月7日が誕生日で、第1句集を『銀漢』と名付け、幸いにも第22回俳人協会新人賞を受賞した。
その後に始めた酒場の名前も「銀漢亭」にした。
このたびそうした思い出の籠もっている誌名の結社を持てることになり、実に有り難いと思っている。 昨年五月に皆川盤水邸をお訪ねし、新結社設立のお許しをいただいたのが、先生にお目に懸った最後となった。先生は8月29日に92歳の長寿を全うされた。

★ 師を送る中野坂上雁の頃  伊那男

 思い起こせば昭和57年、33歳のときに初めて句会に出て、以来28年間、盤水先生の指導を受けた。主観の強かった私だが、徹底的に写生俳句を叩き込まれたものだ。只事俳句になりかねない写生の訓練に</span>うんざりした時期もあった。しかし、結局初学の頃に嫌も応もなく写生の実践に努めたことが今の私の財産になったのだと思う'; 短歌は「こころ」、俳句は「もの」と頭で理解していても、身体で覚えなければ実戦の役に立たない。初心者は才能の有無をすぐに口にするが、俳句の才能があるかどうかはその後の俳句人生の経過を見ないと判断できない。一寸法師が鬼に勝つこともあり、亀が兎を抜くこともあり、鈍牛が駿馬に勝つことだってあるのだ。ともかくまずは日々の習練の積み重ねである。
俳句は短いけれど万葉集以来、千数百年にわたり先人が心血を注いで築きあげた詩歌の歴史の結晶である。その途方もない歴史を思えば、少しばかりの才能や、少しばかりの努力で俳句が成就すると思うのは実におこがましいことだと気づくはずだ。真摯に先達の努力に学び研鑽する、自分を生かしてくれる天然自然に感謝することが出発点である。
設立趣意書の中で述べたが、若者には無垢と野心が、熟練者には蓄積された人生経験と知恵がある。各々の立場で、只今の自分が持っているすべてを絞り出す覚悟で銀漢俳句会に臨んでいただきたいものだ。私もその覚悟である。充実した生活を送るため、幸せになるため共に学びたい。
 
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